Stage.10 Rock’N Roll In The Riverside
翌週明けの放課後。
早速、部室でホワイトボードを前にして、麻弥姉が気勢を上げた。
ちなみにこのホワイトボードは、俺が入学してからずっとなかったものだが、不便という理由で、学校祭終了直後に部費で購入したものだ。
「じゃ、まずはバンド名ね。何かいい意見は?」
すると珍しく、金山さんが真っ先に手を上げた。
「はい。『ハードロック同好会』を英語にした『
アメリカからの帰国子女らしい彼女の意見だが、
「うーん。それじゃ、『ハードロック同好会』と根本的に変わってないよね」
と麻弥姉は表情を曇らせる。
「そうですか……」
続いて手を上げたのは、白戸先輩だ。
「では、『
しかし、やはり麻弥姉は、
「凛ちゃん。それって単に『Green Day』と『Helloween』を混ぜただけでしょ」
と彼女に問い詰める。
「そうです。すいません」
「うーん。何かひねりがないんだよね。じゃ、さおりんと優也は?」
だが、そう振られた黒田先輩は、
「……特にないな」
と短く口に出しただけだったし、俺も、
「特に浮かばないな」
と答えるしかなかった。
麻弥姉は大きく溜め息を一つつき、
「しょうがないな。じゃ、『青柳麻弥と愉快な仲間たち』にしようか?」
と口走ったが、
「お前、ふざけてるのか」
俺が鋭い視線を向けると、彼女は意外なことを口に出した。
「冗談だよ。実はもういい案が浮かんでるんだよね」
「何だよ?」
俺が促すと、彼女はホワイトボードに大きく、
『
というアルファベットを書いた。
「ニューラウンドアバウト? 何だそりゃ?」
だが、俺の疑問に対し、彼女は溜め息と共に返し、冷たい視線を向けてきた。
「あんた、それでもこの『ハードロック同好会』のメンバーなの? ラウンドアバウトでピンと来ないの?」
「ラウンドアバウト? そんなバンド、あったか?」
俺が頭の中で洋楽のバンド名をいくつか浮かべていると、黒田先輩が大きな声を上げた。
「そうか。『Deep Purple』だな」
「そう! さすがさおりん!」
「『Deep Purple』は『Deep Purple』だろ? 何だよ『Round About』って?」
その俺の一言に、麻弥姉は心底呆れたように、
「あんたねえ。『
と吐き捨てるように言い放った。
そうだった。
麻弥姉が大好きなバンドが『Deep Purple』だった。
ちなみに、リッチー・ブラックモアは同バンドのギターを、ジョン・ロードはキーボードを、ロジャー・グローヴァーはベースを、イアン・ギランはヴォーカルを、そしてイアン・ペイスはドラムを担当していたことで知られている。
彼女がイアン・ペイスだけに「先生」とつけたのは、イアン・ペイスが彼女が最も尊敬しているドラマーだからだ。
麻弥姉は、洋楽を聴き始めたきっかけこそ、俺と同じ『Bon Jovi』だったが、その後、元・ドラマーの父親の影響で猛烈にハマったのが『Deep Purple』だったのだ。特にイアン・ペイスのドラム演奏に魅了されたらしい。ちなみに、イアン・ペイスは左利きのドラマーとして知られている。最も彼女は右利きだが。
イアン・ペイスは非常に速いシングル・ストローク、正確なリズム・ワークや、タムを多用するメロディアスなフィル・イン、シンコペーションによる勢いの表現、絶妙なシャッフルなど、現代にまで影響を与えているほどのロック・ドラミングで知られている。また、ワンバスで非常に速いペダル・ワークを展開することでも有名だ。
また、『Deep Purple』といえば、特に上記の五人がいた第二期(1969年~1973年)は、彼らの最盛期と言われ、最もハードロックらしい演奏をしていたことでも知られている。
そして、その時期の彼らの演奏は「ヘヴィ・メタル」の先駆けとも言われている。麻弥姉自身もこの第二期の彼らが一番好きだという。
とにかく、『Deep Purple』やイアン・ペイスについて話し出すと、麻弥姉は一晩中語っているほど好きなのだ。
「単に『Round About』じゃパクリになるでしょ。だからあたしたちは新しいラウンドアバウト、『New Round About』、略して『NRA』ってことでいいじゃない?」
麻弥姉が早くも断定的に事を進めようとしている。
「いいんじゃないか」
「私もいいですよー」
黒田先輩と白戸先輩がそれぞれ肯定する。
俺はというと、『Deep Purple』にこだわり始めると、歯止めが利かなくなる彼女の性格を知っていたから、
「俺も別にそれでいいよ」
と頷いていた。
が、金山さんだけは一人難しい顔をしていた。
「カナカナ。どうしたの、何か気に入らない?」
麻弥姉がそれに気づき、声をかけると、
「いえ。気に入らないというわけではないんですけど。麻弥先輩、『NRA』ってアメリカでは何の略語か知ってますか?」
「ううん、知らない」
「『Nation
しかし、それを耳に入れた麻弥姉は、ある意味やはり期待を裏切らなかった。
「いいじゃない。ここはアメリカじゃないんだし、あたしたちは銃じゃなくて、ロックを広める団体だと思えば。それにたとえ同じ名前でも、日本じゃ誰も知らないよ、そんな団体の略語なんて」
あくまでも、ポジティブ・シンキングで、悪いことすらも、良いことに変えてしまう。
そこが麻弥姉の魅力なのかもしれない。
「わかりました。先輩がそう言うなら、私もそれでいいです」
金山さんも、そんな明るい麻弥姉の性格に惹かれている一人だから、笑顔で納得してくれた。
こうして、俺たちのバンド名は『全米ライフル協会』と同じ略語、そして偉大なバンド『Deep Purple』の前身バンド名である『Round About』に由来する『NRA』と決まった。
もし将来、アメリカにライヴに行くことになったら、どうなるか心配ではあるが……。
次はクリスマスライヴで演奏する曲についてだ。今回は三曲と、アンコールの一曲の計四曲が割り当てられている。ただし、一曲は必然的にオリジナルの『Rush Up』になるが。
毎回、この選曲が一番難航する。俺たち五人の好きなバンドやアーティストがそれぞれ違うからだ。
今回も、麻弥姉がお約束のように、
「『Deep Purple』は絶対やらなくちゃね。『NRA』の名がすたるもんね。やるなら、『
と早くも言い出しており、ホワイトボードに書き込んでいる。
俺はそれを見ていて、たまたま隣にいた金山さんの方をちらりと横目で見てから、
「『Deep Purple』はいいけどさ。今回は金山さんの意見を採用してやれよ。夏のライヴでも音楽コンテストでも、結局彼女だけ好きなものを歌えなかったんだから」
そうリーダーに提案すると、
「えっ。まあ、いいけど。何でそんなにカナカナの肩を持つの?」
彼女は心なしか不服そうだった。
「当たり前だろ。金山さんだけ、好きなものできないなんて不公平だ。それにヴォーカルはバンドの生命線だからな」
「ふーん。まあ、いいけど」
麻弥姉はどこか釈然としない表情を浮かべていたが、渋々ながらも納得した。
「じゃあ、『
お約束のように、金山さんは彼女自身が一番好きな歌手と曲を挙げた。
一曲は俺たちのオリジナル曲『Rush Up』で決まっていたから、残りは一曲だ。
「じゃ、残り一曲ね。さおりんと凛ちゃん、何かやりたいのある?」
だが、黒田先輩は、
「私は別に何でもいいぞ。『
と、あまり興味を示さない。
「私も別に何でもいいですよー。『Green Day』は音楽コンテストで軽音部がやってましたし、『Helloween』もやりたいですけど、今は気分じゃないですしー」
と、白戸先輩も珍しくこだわりがない。
「じゃ、あんた」
少し不機嫌そうに俺に振ってくるリーダーに対し、俺は頭の中で考えていた曲を、迷いもせずに口に出した。
「『Bon Jovi』の『
すると、麻弥姉は少し驚いたように目を丸くしたのだった。
「へえ。あんたにしては珍しくいい選曲じゃない。古いけど、いい曲よね、『Runaway』」
と、いうことで選曲は無事に決まった。
1曲目 『Runaway』 『Bon Jovi』
2曲目 『Rush Up』 オリジナル
3曲目 『Summertime』 『Janis Joplin』
アンコール 『Smoke On The Water』 『Deep Purple』
練習は翌日からという麻弥姉の一言で、その日はいつものように、ダラダラとした時間を部室で過ごすことになった。
話し合いが終わると、すぐに金山さんが、
「赤坂くん」
明るい声をかけてきた。
「ありがとう。私のためにわざわざ」
少しも物怖じせずに、屈託のない明るい表情を向けてきたので、
「いや、別に……」
俺は心なしか言葉が詰まっていた。
そんな俺たちの様子を、麻弥姉は無言のまま見守っていた。
ちなみに『Runaway』は、日本では『夜明けのランナウェイ』として知られる1984年発売の『Bon Jovi』のファーストアルバムに収録されている曲だ。
前奏のシンセサイザーが特徴的で、キャッチーで哀愁感溢れるメロディーの曲であり、アメリカよりも日本で先に話題になり、このアルバムの日本での成功が、『Bon Jovi』の日本贔屓化の原因とも言われている。『Bon Jovi』初期の名曲中の名曲だ。
『Summertime』は『Janis Joplin』が歌ったことで有名だが、元は1935年に『
歌詞とは裏腹に、1920年代のアメリカの黒人の過酷な生活が反映されている。
現在は、ジャズのスタンダード・ナンバーとしても知られている。
そして、『Smoke On The Water』。
これはもはや説明不要なくらい有名な曲であるが、前奏から始まる有名なリフは、世界中のギター少年が、リッチー・ブラックモアで有名なフェンダー・ストラトキャスターを手に入れて、このリフを弾く練習をすると言われるくらいだ。
また、極めてシンプルなコード進行にも関わらず、あらゆるギター・テクニックの要素が含まれていると言われ、ハードロックやヘヴィメタル系のアマチュアバンドの手本にもなる曲だ。
今なお、テレビ番組やCMでそのリフが多用され、ロック・スターを夢見る多くのアマチュア・ミュージシャンに多大な影響を与えている。
翌日から、俺たち『NRA』としてのバンド練習を始めたわけだが、まず練習場所の確保から早くも難航していた。
何故なら、10月の学校祭の音楽コンテストで、あまりにも破天荒なことをやりすぎて、停学を食らった俺たちは、すでに体育教師や生活指導担当教師から目をつけられていたからだ。
生活指導担当教師から生徒会に連絡が入り、結果として屋上で演奏していたことも問題に上がり、俺たちは屋上で演奏することを禁止されていた。
隣の部室の軽音部からは、あの一件以来、妨害はなくなったが、所詮は同好会であり、部よりも規模が小さい俺たちには、通常の部活の半分程度の小さな部室しかなかったから、五人のバンドメンバーで演奏の練習をするには、部室は狭かった。
かと言って、毎日スタジオを借りるわけにもいかない。いくら白戸先輩の実家の力を利用できると言っても、麻弥姉はさすがに白戸先輩ばかりに頼るのは申し訳なく思っていたし、他のメンバーもそれは同様だった。
そこで、まずは同好会会長の麻弥姉が動いた。
「しょうがない。ミドリちゃんと話をつけてくる」
その日の放課後、練習場所がないことを嘆くメンバーを前に、彼女はそう宣言すると、直ちに俺を従えて部室を飛び出した。
「何で俺まで行くんだよ?」
麻弥姉に強引に腕を引かれ、生徒会室に向かう羽目になった俺は抗議の声を上げたが、
「いいから、あんたも来るの。あたしがビシッと言うところを、見届ける人が必要だからね」
よくわからない無理矢理な理屈をこねる彼女に、俺は諦めて従った。
生徒会室は、俺たちの部室がある文化部棟とは異なり、一般教室がある本校舎の一階、職員室のすぐ近くに位置している。
いかにも教師に監視されているようで、俺はこの配置も、生徒会自体もあまり好きじゃない。
生徒会室に着くと、麻弥姉はノックもせずに、いきなりドアを勢いよく開け、
「ミドリちゃん、いる?」
と大きな声を上げた。
生徒会長である
二重まぶたと左目の下の泣きぼくろが特徴的で、ショートカットに、細い黒のフレームの眼鏡と、見るからに真面目そうな人だが、実は麻弥姉とは友人でもあり、堅物そうに見える外見とは裏腹に、話がわかる人で、ハードロック同好会のバンド結成時から何かと援助をしてくれた。
どうやら、生徒会室では丁度、予算を決める会議が行われており、コの字型に並べられた机に向かって、何人かの生徒会委員が座って話し合っていた。
生徒会長をはじめ、そこにいた全員が突然の闖入者に驚き、こちらに目を向けていた。
「青柳さん。それに赤坂くんも。今は会議中です。話があるのでしたら、後にして下さい」
いつものように冷静ながらも、厳しい一言を投げかけ、眼鏡の下から鋭い視線を向けた彼女に対し、
「すぐ終わるから、ちょっとだけいいでしょ。ね、ミドリちゃん」
麻弥姉は強引に迫る。
緑山先輩は、半ば呆れたように溜め息をついた。
「何ですか? 手短にお願いします」
麻弥姉は、生徒会委員たち全員の視線を一身に浴びながらも、少しも気後れせずに切り出した。
「バンド練習のことだよ。どうしても屋上は使えないの?」
「残念ながら、それは無理です。今回の決定は先生たちの意向でもあります。私の力では、もうかばいきれません」
いつになく厳しく、無表情に近い冷たい態度を見せる緑山先輩。
しかし、そこは麻弥姉だ。簡単には諦めなかった。
「そこを何とか! あたしとミドリちゃんの仲じゃない?」
「無理です」
「お願い。あたしたち、音楽コンテストを目指して練習してきただけだったんだけど、ついこの間、ライヴハウスから演奏しないかって誘われたの。だから何とか練習場所が欲しいんだよ。部室は狭いし、このままだとロクに練習もできずに、本番になっちゃう」
麻弥姉は、両手を合わせ、生徒会長を拝むようにして懇願した。
だが、今回ばかりは事情が違い、生徒会長も頑なだった。
彼女はじっとこちらに、眼鏡を向けて聞いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「青柳さん。あなたの気持ちもわかりますし、同情したいくらいです。でも、それとこれとは話が別なんです。私たちでは無理なものは無理なんです」
「ミドリちゃんのわからずや!」
その言葉に対し、まるで子供のように、そう毒づき、口を尖らせる麻弥姉。
対して、次に緑山先輩の口から出た言葉は、俺には少し意外な内容だった。
彼女は心なしか、表情を緩めて、優しい口調でこう言ったのだった。
「怒らないで下さい、青柳さん。私を含め、多くの生徒たちがあなたたちに同情的なのは確かです。それに、私自身、青柳さんには一年生の時に色々と助けられましたし、あなたのそういうストレートな性格は羨ましいくらいなんです。ですから、これまでは生徒会長としての立場も忘れるくらい、あなたたちに便宜を図ってきました」
麻弥姉が一年生の時に、この緑山先輩を助けたというのは初耳だった。以前に聞いた話だと二人は一年生の時にクラスメートだったらしいが。
が、考えてみれば、それも納得がいく気がする。
麻弥姉は昔から適当な性格だが、何故か不思議と周りの人間を惹きつけていた。
男女ともに人気があり、常にクラスの中心にいるような人だったから、妙なカリスマ性みたいなものがあった。
もちろん、逆に目立ちすぎる彼女を嫌う人間も中にはいたが、全体から見れば彼女は好かれやすい性質なのだ。
緑山会長もきっと、そんな麻弥姉に惹かれた一人なのだろう。
「ミドリちゃん……」
こんな恥ずかしいことを臆面もなく告白された麻弥姉は、ちょっと感動しているようだった。
「そんな魅力的なあなたが会長の『ハードロック同好会』だからこそ、音楽コンテストはあんなに盛り上がったんです。もし、あなたがあの場にいなかったら、あそこまで盛り上がらなかったはずです。自信を持って下さい。この学校にはあなたのファンがたくさんいます。それにロックンローラーなら、練習場所なんてなくても、どうにかなるんじゃないですか。頑張って下さい。直接、援助はできませんが、私も生徒たちもあなたを陰ながら応援しています」
長いセリフを聞き終えた後、横目で麻弥姉を見ると、薄らと目頭に涙を浮かべていた。
しかも、彼女は次の瞬間、
「ミドリちゃん! ありがとう!」
言うが早いか、生徒会長が座っている席に走って行き、そのまま緑山先輩に勢いよく抱き着いていた。
「えっ。ちょっと青柳さん。やめて下さい。恥ずかしいですよ」
そう照れながらも、どこかまんざらでもない様子の緑山先輩。
それを周りで見ている生徒会委員たちも、この微笑ましい光景に、笑顔を浮かべて見守っていた。
まあ、こういうところがストレートで、少し大袈裟だが、彼女の魅力なのだろう。
逆に言うと、俺の恋のライバルは多いのかもしれないわけだが。
ということで、その後一旦部室に戻り、今後の練習場所について話し合いが持たれた。
「まさかミドリちゃんの口から『ロックンローラー』なんて言葉が出るとはねえ」
そんな、どうでもいいところに麻弥姉は妙に感動している様子だ。
「でも、麻弥。練習場所はどうするんだ?」
黒田先輩が口を開いた。
「そうねえ。とりあえず学校じゃ、もうできないのは確かね」
「じゃあ、やっぱりウチの系列のスタジオで……」
「それはダメ」
言いかけた白戸先輩を麻弥姉は、珍しく鋭い声と表情で遮った。
「どうしてですか?」
「ロックンローラーは、ハングリー精神が重要なの。そんなに甘えてばかりじゃダメなんだよ。前の時は、一応特訓っていう名目があったから特別措置だったの。今後は凛ちゃんに甘えたくはないの」
妙なところで、ロックンローラーだの、ハングリー精神だの、こだわりがある彼女だが、それには一理はある。
厳しい環境に置かれた方が、人は成長するというし、そもそも音楽家は芸術家に近い存在だから、売れるまでは貧しいものだ。
「でも、学校外に練習場所なんてあるんですか?」
金山さんが、困ったような表情で呟く。
結局、みんなが黙ってしまったので、俺は考えてみた。
野外で練習できる場所を。
公園、はさすがに子供の親から苦情が来そうだ。
極力、金がかからず、効率的に練習できるスペース、という条件で考えてみた。
すると、一つだけ思いついた。
「河川敷、なんてどうかな?」
静まり返った部室に俺の声が響く。
すると、麻弥姉の表情が見る見るうちに明るくなっていくのがわかった。
「河川敷ね。うん、いいかもね。そこなら広いし、他の人の邪魔にもならないかも。それに、何か貧しい芸術家って感じでいいよね」
「雨の日はどうするんだ?」
黒田先輩が当然の疑問を口にする。
「そん時はしょうがないからスタジオね。ただし、凛ちゃんのお父さんの会社の力は借りずに正規の料金でね。スタジオもみんなで借りれば料金も安くなるし、多少狭くても大丈夫でしょ」
というリーダーの鶴の一声で、俺たちの練習場所は河川敷に決まった。
「後は練習場所ね」
だが、これについては意外な人物から提案の声が上がった。
「それでしたら、ウチが荒川の近くなので、使いましょうか?」
金山さんだった。
「カナカナの家ってどこ?」
「王子です。荒川は割と近いですし、多分お母さんが車で送ってくれますから」
「さすがカナカナ。じゃ、手配はよろしくね」
リーダーの一言に、金山さんは快く頷いた。
彼女の実家は、北区の王子にあるらしく、学校からはそれほど遠くはないし、近くに荒川の河川敷がある。
しかも彼女の母親が俺たちを車で河川敷まで送ってくれるという。
まさに願ったり叶ったりだ。彼女にはメンバー全員が感謝することになる。
翌日の放課後から早速俺たちは、それぞれの楽器を持って、まずは金山さんの家に向かった。
ギターやベース、キーボードは持ち運びができるが、問題はドラムセットとアンプだ。
だが、これに関しても、金山さんが家で預かってくれることになり、麻弥姉のドラムセットは一旦金山さんの家に送り、彼女の母親が所有する大型のワゴンに積み込まれた。
さらにアンプを野外で使うためには、可搬型の発電機が必要になる。
これに関しては、実家が白戸電機を経営している白戸先輩が詳しく、小型で持ち運びも可能なものを彼女がメーカーから取り寄せてくれた。その料金は全員で分担して支払うことにした。
これも同じく金山家に預けることになった。
こうして、多くの人たちの援助により、俺たちは河川敷で練習できることになった。
慣れないうちは、発電機やドラムセットをいちいち車から河川敷まで運ぶのに苦労をしたが、それも慣れてくると、女性ながらも力持ちの麻弥姉や、唯一の男の俺がせっせと運び、きちんと練習ができるようになった。
一度、黒田先輩の試練や、音楽コンテストという大舞台を経験した俺は、ギターの腕がある程度まで上がっていたし、メンバーも音楽コンテスト以降は一回り大きく成長していたから、練習もはかどった。
俺たちは、河川敷で散歩やサイクリングをする人たちの奇異の目に晒されながらも、ほぼ毎日練習を続けた。
最も、秋から冬にかけてのこの時期は日暮れも早いので、暗くなったら簡易式のスポットライトを点けて練習を続けた。
それと同時に、麻弥姉の指示により、各自知り合いにライヴのパンフレットを配り、チケットを買ってくれるように努めた。
ノルマが30枚だから、5人で割ると一人当たり6枚だ。
俺は両親やバイト先の知人に、麻弥姉も両親や広い交友関係を当たり、黒田先輩も白戸先輩も、金山さんもそれぞれの知人に対して売り始めた。
何だかんだ言っても、クリスマスまではあと一か月半ほどしかない。
ひたすら河川敷を中心に練習を続けていくうちに、気がつけば12月に入っていた。
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