第44話 二通目の手紙(魔界)

フェイズが米粒に見えるほど離れた時、リムの申し訳なさそうに生えた角が、強いピンク色の光を放った。


「…リムさん。頼むから人間界を壊さないでくれ…」

「ふん!人間界で厄災の力を使うなんて‼︎やはり残酷非道で、冷徹で、他の命をゴミとしか思っていない。まさに悪の元凶そのものですね‼︎」

「ふふっ、厄災の力。噂には聞くけど、この眼で見るのは初めて。なかなか楽しみじゃない?」


各々リアクションは違えど、これから起こる厄災を画面越しに待つ。


…1分はたっただろうか…

海が二つに割れるわけでもなく、空に暗雲が立ち込めるわけでもなく。

何も起こらない。


ボコボコ…ボコボコ…


リムの真下から突然気泡が湧き出し、海面が激しく乱れ始める。

ボコボコと浮いてくる気泡は瞬く間に広がり、青い海が白く見えた。


「え、え!?なに!?いやーーー!!」

「落ち着きなさいリム!!」


予想外の出来事に、パニックを起こしているリムは、海面よりも取り乱している。


「ん?あれは…なんでしょうか??毛玉?」


アマ神様が画面を指差して、俺にキョトンとした顔を向ける。

海面に浮いてきたのは気泡だけではなかった。

毛むくじゃらの黒い前足。

あれは熊だ...


その横にはイタチ、猪、ウサギ、虫などが空気を求めて、足を場叩かせている。


「陸上動物が海中に??」

「私ったら、なんてことを…」


やってしまった…陸上を求めて必死に暴れ回る無数の生き物達。まさに地獄絵図だ。


「まったく。なんて下品で悲惨で無惨な能力なんでしょう。これだから、魔界はなくなるべきだと言ってるんです。」

「天使達、被害の範囲を調べてきて。あと、個体数の少ない絶滅危惧種の保護を最優先で行いなさい。はい、開始。」


冷静に天使達に指示を出す金剛さんは、魔界を卑下することに集中しているアマ様より天神らしい。


「リム!!この厄災に意味があるとは思えないんだけど、何考えてたの!?」

「え〜!!ちゃんと手紙を届けること考えてたもん!!この手紙がパッ!と目的地に転移するイメージ!」

「生き物を転移させてどーすんのよ!!…ってか、リム!アンタ手紙どこにやったのよ!?」

「ふぇ〜ん…わざとじゃないのに〜〜…ズビビ。あれ?手紙がない!?」


リムさんの胸の谷間にあった手紙は転移していた。

転移先は日本のとある村。

その村は祭りの準備をしていた。

村の規模にしては、少し大きめな祭りの準備だ。


「村長…ようやく村おこし祭りの準備が整いました。ようやく…ようやく明日、開催できます。」

「ふぉっふぉっふぉっ、老人老婆だけしか居なくなったこの村に、再び活気をもたせようとニ年間。腰痛と闘いながら、皆で準備してきた祭りじゃ。明日は村の底力を見せる時じゃぞ。」

「村長…ようやく明日、村を出て行ったワシの倅が、孫を連れて10年ぶりに帰ってくるそうですじゃ。ワシは…ワシは…明日をこれほど長く待ったことがないわい。」

「ワシの孫も来ますじゃ村長!一緒に太鼓を叩きたいと手紙で言っとったんじゃ!」


祭りの神輿を囲むように集まった老人老婆は、

皆一様に明日を待ち遠しく思い、今までの苦労を振り返りながら、うっすら涙を浮かべて微笑みあっている。


「そういえば、今日孫から手紙が届くはずなんじゃがな…」


シャバ!!


「ふぉーーんじゃー…!!」

「あらま。空からセイちゃんに手紙が降ってきなすった…」

「セイジ…おまえさん天国に呼ばれてるんじゃねーべか…」

「ふぉ、ふぉんな〜…明日まで待ってけろ〜〜」


天空から突如現れた金色の手紙は、セイちゃんお爺ちゃん(87歳)の口に舞い降りた。

歳のせいか皆一様に天国からの呼び出しだと勘違いをし、セイちゃんを慰め始める。


「セイジ…オメーは小ちゃい頃から、一緒に育った。家族みてーな奴だっただ」

「与三郎〜…ワシもオメーのこと家族だと思ってっぞ。」


「セイちゃん…小学校の頃、校舎裏にあったウンコ付きパンツ…あれセイちゃんのウンコパンツだべ。あれ誰にも言わねーで、墓場までもっていくすけ。」

「梅子〜…それもう言っちゃってるよなぁ〜?今ここで墓場にいれっぞぉ。」


「セイちゃん…アンタから中学校の頃もらったポエムは棺桶に入れてやるかんねぇ〜。」

「節子〜…頼むから、オラより先にそのポエム火葬してくれ〜ぃ。」

「みんな酷いだぁ〜本当にオラのこと心配してるんだか〜??手紙もなんかワキガ臭いし…災厄の日だべぇ〜」


ぽつり…ぽつり…ぽつぽつ…

…ザザーーーーーーー!!!


雨が降り始めた。

急に強くなる夏の夕立のような激しい雨だが、

長い人生の中で、経験がないほどの雨量。


「ワキガ臭い手紙の次は、大雨だか〜!!ん??この雨なんか、しょっぺーな…」


びたーーーん!!びたんびたんびたーーん!!


「いやーーーーー!!村長に髪が生えただーーー!!!」

「おーーい!与三郎にも髪が生えてっぞぉ!!!」

「ふぉ〜!まさに恵の雨じゃ〜…皆の者、早急に家の焼酎を捨て、ボトルに水を貯めるんじゃ!!」

「いや、待て!!これ髪でねー!!蛸とワカメだべー!!」


塩辛い雨は瞬く間に強くなり、大地は削り取られ、地中深くに根をはる大樹でさえも流され始めた。

標高の低い方へと流れた水は、コップを満たす水のように、山に囲われた盆地に溜まっていく。


「ごぽっ!ごぽっ!ごぽっ!!どうなってんだぁ〜この雨〜!!全部流されていくだぁ〜」

「わ、ワシの髪!?さっきまでここに生えておったというのに!!どこへいったんじゃ!?」

「与三郎〜!ワカメなんて探してねーで逃げっぞぉ!!」


夜になる頃には盆地は湖に変わり、祭り会場はおろか、生まれ育った村も財産も湖の底に全て消えてしまった。村長の髪(蛸)を残して。


絶望感とパニックで膝をついて湖を眺める。

そんな村民を嘲笑うかのように、湖を泳ぐ鯨が潮を吹き、空に虹をかけた。


今でも厄災の手紙は湖の底に眠る。



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