第34話 自分の能力は忘れがち

半透明の寒天に首下まで埋まったリムさんは、あまりにも無防備で無力だった。


「た、助けて!鈴木くんっ!!」

「…はぁ…」


当然、俺の心の声は「リムさんを守ってあげたい」と言う…はずだった。

だが、母性本能よりも強烈に湧き上がる欲求に支配される。


「リムさん。角…触ってもいいですか?」

「…えっ!?何言ってるんですか!?ダメですよ!角はダメです!」

「いや、ほんの少〜しだけだから!先っちょだけ!ね!?ね!?」


なりふり構わず、ラブホテルの前で性交渉をするオッサンみたいだな。俺。


「少しとかの問題ではないです!魔族にとって角は…!?」


さす…さす…


三日間、何も口にしていない犬がドックフードを見つけたかのように、俺は主人の「待て」を聞くことができなかった。

人差し指でリムさんの頭頂部に生える、ドングリほどの二本の角をさする。


「ヒューヒュー!あんちゃんも隅に置けねーなー!」

「おうおう!こんな所でまぁ。若いね~!」

「いやーーーーーーーー///////!!!」

「はぁ…はぁ…」


滑々の石のような感触だが、道端の冷たい石とは違い、リムさんの体温が指先から伝わり生きた石のように感じる。

自分にフェチはないと思っていたが、まだ出会ってないだけだった。

俺は角フェチだ。


「ちょ////ちょっと///す…鈴木くん!こ…これ以上は!!」

「はぁ…はぁ…ゴクリ…」


さす…さす…


ビリビリと電撃が走ったかのように、リムさんの体がリズムを刻んでビクッ!ビクッ!と痙攣する。寒天が揺れて俺も少しずつ埋まっていくが、そんなことは俺が指を止める理由にはならない。

さすればさするほど、リムさんの角は熱く、鮮やかなピンク色になった。


「も、もう////わ、私…ダメーーーーーーー////!!」

「えっ!?えっ!?リムさん!?」


角に夢中になっていた俺は、リムさんの叫び声で我に返った。

顔を真っ赤にしているリムさんに声をかけようとすると、さっきまで触っていた角がピンク色の強い輝きを放ち、俺の目をくらませる。


「うわぁぁ!!のせいで視界が!!」


どうやら、日差しの強い天界に住む天使達でさえも、目を焼かれるほど強い光のようだ。


ヒュッ!!


寒天に埋まっていた下半身が、突然自由になった。


ヒョオォーーーーー!!


下半身の解放感の次に来た感覚は落下感だった。


「どうなってんだぁーーーーーーー!?」

「こんなにあるなんて!!」


俺の隣で天使達も落下している。

落ちる風圧で目を開けきれないが、寒天砂漠が真っ二つに地割れを起こしている現状が見えた。


「いやぁああーーーーーーーーーーー!!!」


寒いオヤジギャグに紛れてリムさんの悲鳴が聞こえる。

なんで翼のある奴らが落ちてんだ。。

鳥の落下死なんて聞いたことがないぞ。


「自分のアイデンティティ忘れなんな!!あんた飛べるだろ!!」

「え!?あ!そうだった!!」


ザバッサーーーーーーン!!

ガッギィーーーン!!


大きな漆黒の翼が風を捕える音がして一安心すると、首を木刀で両断されるかのような衝撃が走った。


「きゃーーーーー!!ごめんなさい鈴木くん!!」


どうやらリムさんの広げた翼が、俺の首にラリアットをかましたようだ。


「げほっ!リムさん!ごぼっ!!ごめんで済まない時あるからね!?」


グラ グラと揺れる視界が、ダメージの大きさを証明している。

死という概念がない天界だから助かったのかもしれない。

リムさんにお姫様抱っこをされながら、獄盛寒天の獄内を空中浮遊する。


「しかし、凄い地割れを起こしたね。リムさん。」


真っ二つに割れた寒天の割れ目は、地平線の彼方まで入っている。

これは大海を割ったモーゼでも驚くぞ。


「す、鈴木くんが変態するからです///私から離れてください!!」

「いや!こんな上空で無茶言わないでよ!しかも、俺を持ってるのリムさんだからね!?」

「ぜ、絶対フェイズとキャシーには、このこと内緒にしてくださいね///!?」


俺の角を撫でる行為は、そんなにも変態なことだったのだろうか。

気にはなるが、考えるのは後になりそうだ。


「鈴木くん!ここからどうしよう!見渡す限り出口が見えないわ!」

「…う、上だ!リムさんは突然上から降ってきた!上に出口があるはずだ!」

「上ね!わかったわ!!」


ズビューーーーン!!


フェイズよりもスピードは劣るが、力強い飛行だ。風を翼で無理やり引き裂くような音がする。

しかし、相当上まで飛んでも天井の穴どころか、天井にたどり着くことさえできなかった。

どれだけ飛んでも天井の位置は寒天上から見上げた時と変わっていない。物理的に変だ。


「リムさん!!どうやってここに来たんだ!?それがここを出る鍵になるかもしれない!」

「…そ、それは…」

「え!?何??聞こえないよーー!!」


リムさんは先ほども、ここに来た経緯を話しづらそうにしていた。

俺のパンツに絡まって泣いた魔王が、今さら俺に話しづらいことなんてあるのだろうか。。


「…じ、実はここに来る前に…」


風音に消えるほど小さな声でリムさんが語り始めた。


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