第19話 混沌の朝礼

ズバンッ!!


教室の扉を開けたのは、金剛さんの召使いのタックルだった。

開いた扉から優雅に入ってきた金剛さんは、教室にいる人間を品定めするように一瞥する。


「おはよう。皆の衆。」


静かで滑らかな声は、普段の騒がしい教室では、誰も聞こえないほど小さな声だったろう。だが、彼女には自分の声を相手に聞こうとさせる、異常なカリスマ性があった。


ガタ!ガタガタ!


いつも先生の挨拶でさえも返さない連中が、総じて席を立ち金剛さんに頭を垂れた。

というか、俺も気が付いたら頭を下げていた。。


「この凡人たちの溢れかえる教室の中に、私の求める人間がいるなんて不思議な話ね?タックル?」

「ソウデスネ!オジョウ様!」

「鈴木。よく一般人から逃げ果せたわね。褒美に私自ら迎えに来てあげたわよ。」


俺を見つけれていないと思っていたが、金剛さんの視線は真っ直ぐ俺を捉える。


「ははは。金剛さん。まだ俺を転校させるおつもりなんでしょうか。。?」

「そうよ。当り前じゃない。」

「その為に100憶なんて大金をつかうんですか?」

「ふふふ、そうよ?あなたを長く鑑賞したいと言ったでしょ?」


金剛さんは俺を転校させるために、100億円をつかうことを、全く臆していない。

しかも、転校させる目的は、俺を少しでも長く鑑賞するためらしい。

俺がルーブル美術館に展示できるほどの、芸術品にでも見えるのだろうか。


「金剛さん。せっかくですがお断りします。」

「…何故かしら?」


突然金剛さんの余裕のある微笑が消えた。

そして、さらに小さくなった声とは裏腹に、俺を見る眼の力が増した。


「いや、転校しても金剛さんが通うようなエリート高校で、俺みたいな凡人が生活できるはずがないなと思いまして…」

「…つまり私が、嫌いなわけではない…のね?」

「へ!?別に金剛さんを嫌いなわけではないです…」

「…好きか、嫌いかで言えば?」

「え…ちょっと、知り合ったばかりですし、わかんないです。」


「ふぅーーーん、ふぅーーーん!!」

脇に立っていたタックルが、鼻息を荒げ、サングラス越しにでも伝わるほど俺を睨みつけてきた。


冷静だが目に力が入っている金剛さん。

俺と目が合っているが、俺以外の何かを見据えているように感じる。


「選択肢が多いこの世で、二者択一すらできない者が、人間界の王とは笑わせるわね。好きか嫌いか。自分の気持ちくらい明確になさい。」


檻の中にでも入っているかのように、金剛さんの言葉から逃げる術がない。

さっき答えたように、よく知らないのに、好きか嫌いかなんてわからない。

だけど…


「す、好きです。。」


どっちでもないなら、相手が傷つかない方を選択した。


「ふふふ、正しい選択をしたようね。タックル!私の高校の生徒全員を庶民にするわよ。」

「OK!ボス!」

「ええぇぇーーー!!それはちょっと待ってくださいよ!!」


ふふふと笑いながら去っていく金剛さん。

凛とした背筋と左右に振れる髪が美しい。

今日彼女のことを少し知れた。

金剛さんは俺の予想のつかない、規格外の策略を打ってくる奇抜な策略家だということが。


「えー、はい…皆さん、おはようございます。」


金剛さんが出ていくのを待っていたかのように、担任の先生が教室に入ってきた。

金剛さん達の不法侵入を見過ごす先生に物申したいが、すぐに先生が入ってきたおかげで、教室の生徒が俺に、金剛さんとの関係について、雨のように質問する時間を無くすことができたので、少しだけ感謝することにした。


「えー、今日転校生が二名入りました。えー、入ってください。」


昨日酒を飲みすぎたんだろう、先生の歯切れの悪い朝礼が始まった。


転校生が2名?同じクラスに2名も転校生が入るのは不自然だな。


「お、おはようございます。り、リムと申します。」

「おはよー!フェイズだよー!よろしくねー!」


朝の宣言通りフェイズさんとリムさんが、俺の高校の同じ教室に転校してきた。


即日で転入を認めてしまう、適当な高校に嫌気がさしたが、それ以前に異生物を、平然と人間と学ばせようとする、校長の人間性を疑った。


「せんせー!俺はその人達のこと、人間には見えないんすけどー!」


珍しく栗田が真っ当な意見を述べた。


「えー、先生もこの翼には少し驚いた。ですが、怖がることはありません。昨日飲み屋で会ったおっさんも、肩甲骨が割とでていましたが、私は楽しく飲むことができました。なので、大丈夫~。」


割と肩甲骨が出ているおっさんと、翼の生えた魔界の住人を一緒にするな。


「せんせー、そうじゃなくて…」


今日の栗田は一味違うようだ。

頭がおかしい学校の先生に鋭いツッコミを…


「人間にしては可愛すぎますー。天使か何かじゃないでしょーか。」

「校長先生もそう言ってたが、彼女達が人間だと証言していたので間違いないんだ。」


校長と栗田の思考回路は同類らしい。。

着眼点がズレ過ぎて、悪魔のことを天使だと疑っている。


「先生!何か人間である証拠はないんでしょうか!?これでは、安心してプロポーズもできません!」

「「「そうだ!そうだ!」」」

「そうよね。異生物と勉強できるはずないじゃんね。」

「「「そうよ!そうよ!」」」


同じように彼女達に心奪われた馬鹿な男たちも、栗田に便乗して騒ぎ始めた。

同性の女性陣も不安を吐露し始める。


「えー証拠は、彼女がすっごい堂々としているので、なんか俺が間違っているような気がしてきちゃったからだ。」

「…」

「…」


え?それだけ?


フェイズさんは、これでもかと言わんばかりに胸を張って、ドヤ顔で教壇にたっている。


「今日からみんなよろしくねー!」


フェイズさんが曇りのない笑顔を見せると、彼女達を否定しようとする人は、不思議といなくなった。

唯一この中で未だに、納得がいっていない顔をしている者がいるとしたら、それはフェイズさんの後ろで、翼に包まりながら、怯えているリムさんくらいだろう。



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