都宮 その2
結局、秘書の葵に
トイレには四回行った。いずれも尿の出は
そわそわと落ち着かない。
リビングの高級ソファに腰を下ろし、
やはり高級感溢れる古時計に目をやった。
時計を見た回数はすでに数えきれないほどに達している。
まだ一時間も経っていない。
都宮は何度も、完全に時が止まってしまっているのではないかと錯覚した。
時計を弄ったのは二回。もちろん、故障しているわけではなかった。
今度は腕時計に目を落とした。古時計と同じ時刻を示していた。
「くそっ……」
あまりの進みの遅さに都宮は
予定では、今日一日は葵と会話して気を紛らわせるつもりだった。
それがこんなことになってしまうとは。
都宮は絶望のあまり項垂れた。
いくらここのところは上の空だったとはいえ、どうして確認を取らなかったのだと、都宮は悔やんだ。
葵もなぜ、今日に限って休みなど取る。なぜ自分を一人にする。
完全な責任転嫁と分かっていながら、都宮はそう思わずにもいられない。
そもそも、葵は例のことを知らないのである。
今日が都宮にとってどれほど重大な日であるかを知らない。
むしろ、彼女の中では今日これからは珍しく都宮に一切の仕事が入っていないという認識である。
そんな日にたまの(本当にたまの)休みを取った彼女をどうして責められよう。
あるいは、都宮に羽を伸ばしてもらおうと、葵は今日この日に休みを取ったとも考えられる。
常日頃から自分が傍にいるばかりに
彼女ならありえそうな話だ。
もはやあの優秀さすら、今の都宮には恨めしく思えてきた。
都宮は立ち上がる。行先はトイレ以外にない。今日五回目だ。
二階にはいたくなかった。外は言わずもがなだ。
とすれば、都宮に移動が許される場所はリビング(ダイニングキッチン)とトイレ、そこを繋ぐ廊下だけである。
また入って早々にトイレを出て、リビングのソファに座り、古時計を見て腕時計を見る。
数回貧乏ゆすりをした後、四杯目を淹れるためにカップを持ってキッチンに向かった。
コーヒーを淹れ終えたとき、都宮に一つの閃きが降りた。
そもそも、時間を潰したいのであれば睡眠という最適な方法があるではないか。
しかし、三杯ものコーヒーを飲んだ都宮の目はばっちり冴えている。しかもまだ朝の八時半だ。
ならば睡眠薬でも飲むまでだ。
都宮はコーヒーを流しにぶちまけて言った。
「おい、睡眠薬……」
と、口に出してから葵がいないことを思い出す。
都宮には自分の家のどこに睡眠薬があるのか分からなかった。
今いるキッチンでさえ、冷蔵庫の中身も知らなければ、食器棚の皿の配置も把握していない。
何とも情けない気持ちになりながらも、都宮は睡眠薬の場所を推測する。
まさかないということはないだろう。
都宮は普段からあまり使うことはないが、だからといって葵が用意をしていないはずもない。
可能性が高そうなのは、二階のあの部屋だろうか。都宮の心が鈍る。
そういえば、一階で入ったことのない部屋が一つだけあった。
二階を調べるのはそれからでも遅くはない。
そう思って、都宮はその部屋――葵の自室へと向かった。
葵がここで住み込みで働きだしてから、もう五年になる。
その間、都宮がこの部屋に入ったことは一度もない。そんな考えを抱くこと自体なかった。
そう思うと、睡眠薬のことは別にしても俄然興味が沸いてきた。
罪悪感はあったが、好奇心の前では微々たるものだった。
緊張しつつ扉を開ける。驚いたことに、部屋の内装は葵に部屋を与えたときとほとんど変わりなかった。
書棚に仕事関係の書物がいくつか増えているくらいだろうか。
期待を真っ向から裏切られた気分だった。この部屋からは葵のプライベートが何も見えてこない。
もはや都宮の中では睡眠薬のことは二の次となり、何とか葵の弱みを見つけてやろうという気持ちが働いていた。
部屋を見回ると、ようやく葵の私物らしいものが見つかった。一冊の文庫サイズの小説である。
仕事関連のものではない。明らかに娯楽小説だ。
「
聞いたことのない作者名だった。
葵が読んでいる小説……果たしてどんな内容なのか。
時間を潰すのにもちょうどいいと思い、都宮はその本を拝借することにした。
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