山県 その2

 山県は上街の警察本部に向かうため、秋田と二人、交番を出た。

 早速パトカーに乗り込もうとすると、二人の人物が大慌てでこちらに走ってくるのが見えた。


「おい、何やってんだ。早く乗れよ」


 秋田はすでに運転席についてエンジンをかけている。


「ごめん、ちょっと待って。誰かがこっちに来るんだ」

「は? 誰か?」


 秋田がウインドウ越しに山県の視線の先を追う。

 近付いて来るのは、旅装なのか大きめのリュックを背負った青年と一目で下街の住人と分かる少年だった。

 少年は青年の後ろを、わずかに遅れて走っている。

 その身なりを確かめると、秋田はすぐにハンドルに手をかける。


「ありゃ下街の人間だぜ。放っておいて問題ない。というより、放っておくのが正解だ」

「でも何か困っていることがあって、この交番を頼ろうとしてくれているんだよ。なのに放っておくなんて」

「あのなあ、暇なときならまだしも今はそれどころじゃねえだろ。キリサキマ事件の応援で上に呼ばれてんだぞ。

 下街の奴に構ってて遅れましたなんてことになりゃ、少なくとも捜査からは絶対外されるぞ」


 山県には秋田の言葉はほとんど聞こえていなかった。

 昔から、目の前で困っている人がいたら助けずにはいられないのが、彼の性分なのである。


「おい、早く乗れって。聞いてるのか?」


 徐々に苛立ち出した秋田をしり目に、山県は微動だにしない。

 ついに旅装の青年が山県の前までたどり着いた。

 開口一番、彼は自転車がなくなったから探してほしいと言ってきた。

 背後で秋田が呆れを含んだ溜息をつくのが、山県には分かった。


「自転車ね。探しとく探しとく。ほら山県、とっとと行くぞ」


 旅装の青年は秋田の態度に怒りを覚えたのか、食って掛かろうとするのを山県は何とか抑え込んだ。


「ごめん。彼は少し機嫌が悪いんだよ。で、なくなった自転車ってどんな?」


 山県の制止を受けて、旅装の青年は横目で秋田を睨み付けながらも、自転車の特徴を話し出す。

 そのとき、ついに我慢の限界に達したのか、秋田が盛大にクラクションを鳴らした。 


「や~ま~が~た~! てめえいい加減にしねえと置いてくぞ!!」


 今度ははっきりと口論を始める旅装の青年と秋田。

 山県は間に立って二人をなだめすかす。

 そこへ、遅れてやってきた下街(と思われる)の少年が旅装の青年を説得し、旅装の青年は渋々その場を離れた。


「あ……」


 山県は彼らを引き留めようとしたが、あそこまでこじれては、もう自分に頼ろうとはしてくれないだろう。

 仕方がなく諦めて、ようやくのこと山県は助手席に乗り込みパトカーは発進した。


 車中。秋田の機嫌は依然、治っていない。


「山県。もしお前が上街で何かやらかしたとしても、俺は知らねえからな。自業自得だ」


 そう言ったきり、秋田は口をつぐんだ。

 山県は頷くと、窓の外から小さくなっていく中街とさらに下に広がる下街を眺めた。

 さっきの少年が言った言葉が、喉に刺さった小骨のように気にかかった。


「『何もしてくれるはずがない』……か」


 無意識のうちに山県の口から言葉が漏れた。

 聞こえなかったのか無視したのか、秋田はやはり何も答えなかった。

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