市川 その2
市川は校舎内で迷っていた。
帝辺学院の敷地は非常に広大であり、その規模は並の学校施設の比ではない。
初等部・中等部・高等部・大学機関。
四つの大きな校舎のほか、五つの体育館、数多くの特別棟やら部活棟やら、部外者の市川が迷うのも無理はなかった。
一つ一つの校舎の生徒数はむしろ少ない方だが、金持ち学校だけあって予算が桁違いにあり、拡張されていく一方なのである。
ゲート内で渋滞を起こしていた者たちも、一気にそれぞれの校舎に消えていき、ガランとした敷地内に市川は一人取り残される。
「何なのよ、もう……こんなとこ徒歩で回れるわけないじゃない。案内図、案内図どこ?」
同じところをさっきからいくど回っているかしれない。
足と心を休めるために、市川は帝辺学院の中心地にしてシンボルである噴水の縁に腰かけた。
もちろん、そんな位置関係を市川は把握していない。
市川は常人よりもほんの少し要領が悪く、同時にパニックに陥りやすくもあるので、ちょっとの障害にも
先ほどのゲート前のことにしろ、現在の状況にしろ、心を落ち着けて冷静に対処すればよさそうなものだが、市川にとってそれは無理難題に等しいのである。
すでに市川の心理状態は『冷静』などという言葉から最もかけ離れたところにあった。
「やっぱり断ればよかった」
当時の自分を責める気持ちが強くなる。
ただ、一度引き受けてしまった以上、投げ出すわけにはいかない。
他ならぬ友人の頼みであるし、やっぱりスイーツはどうしても食べたい。
「うん。よし。気を取り直して頑張ろ……」
そのとき、市川の小さな決意をかき消すようにして、大鐘が
時計を見れば八時三十五分。おそらくは一限目の予鈴か開始を知らせる鐘であろう。
「やばい、授業始まっちゃう。やばい。やばいよ。やばい」
小説家とは思えないほど、市川の言葉から語彙が
鐘の音に急かされて止めていた足を動かすが、文字通りの悪足掻きでしかなかった。
これといった指針もなく動いた結果、市川はスタート地点のゲートに逆戻りしていた。
「またここ……」
何かもうこのまま帰ってしまいたくなる。
いやいや、友人を裏切るわけにはいかない。スイーツも食べたい。
色んな欲望が市川の中で渦巻く。していると、またも大きな音がして市川を思考停止に至らしめた。
音は真正面から聞こえてくる。
それは市川がついさっきまで、耳に馴染むほど聞かされていた警告音である。
ただし、音量は数倍――正確には五倍あった。
市川の目の前で起こったことをありのまま記すとこうなる。
五つの横並びのゲートを、突然現れた大柄の男が力ずくでぶち壊すと、市川目掛けて直進してきたのだ。
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