五間町 その2
午前八時半。
もうそろそろ一限目が始まる時間だ。
さすがに教室に向かわないとまずいか。
五間町は携帯で時刻を確認すると、屋上を離れ中等部二年の教室へと向かった。
朝はいつも、ここで尋美と二人で話していた。
だがその習慣も、今では教室内にいる時間を最小限に留めるための時間稼ぎだった。
廊下を進む足取りも尋美といたときと違い、やけに重い。
「はあ」
今日何度目か分からない溜息をつきかけたとき、正面から来た誰かと軽くぶつかった。
「あ、すみません」
「いいえ、こちらこそ」
相手は中年の女性だった。
身なりはそれほどでもないが、物腰から気品の高さが
こんな人、この学校にいただろうか?
五間町は不審に感じたが、何しろこの学校は小~大学までの一貫校であり、外部からの客人も多い。
五間町が把握している人物など、学校関係者の中のほんの一握りだ。
見知らぬ人間が校内にいても、それほど不思議はない。
ただ、どうしても何かに引っ掛かりを覚えずにはいられなかった。
「あの何か?」
「ああ、いえ。本当すみませんでした」
不躾にもジロジロ見ていたことを恥じ入り、五間町は慌てて頭を下げた。
この学校に来てからというもの、育ちのいい周囲と比べて中街出身である五間町の無作法ぶりを非難されることは日常茶飯事だった。
その度に嫌味や小言を聞かさ続け、礼儀に関してはかなり過敏になってしまっているのである。
これ以上、ボロが出る前にと五間町はもう一度頭を下げると、女性と別れた。
そうしてしばらく歩くと、自分がどうして引っ掛かりを覚えたかに気付く。
女性が進む先には資料室と屋上への外付け階段しかないのである。
一体何の用があるというんだろうか?
もしかすると、道に迷っているのかもしれない。
しかし、今の五間町には人に構っている暇は残念ながらなかった。
どれほど気が重くとも、帝辺の特待生という肩書を捨てることはできないのだから。
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