山県 その1

 ついにキリサキマ事件の被害者が二桁に上った。

 十人全員が上街の住人ではあるが、それ以外の共通点は特に見つかっていない。

 警察本部は一刻も早く事件を解決するため、中街の交番勤務の者も事件捜査に加えることを発表した。


「つまり、ここで手柄を立てれば上街の警察本部に配属になるかもしれない。

 さらに、もし上街のお偉い連中に気に入ってもらえれば、人生大逆転ってことだ。分かってるか?」


 警察学校時代からの同僚――秋田あきたの言葉に山県やまがたは生返事する。


「ああ、分かってるよ」

「俺たちが上街に行くのが今日ってことも?」

「分かってる」

「で、お前は、今、何を、やってんの?」


 一言一言強調するように、秋田は言葉を区切った。

 しかし、山県の態度に変化はない。依然生返事である。


「見て分からないかな。事件資料をまとめているんだ」

「何の事件だよ」

「スリ被害。今月に入って減ってるけど、でもやっぱり多いんだよね。何か対策を考えないと」

「ほうほう。スリ被害ね。なるほど。って馬鹿!」


 秋田は山県から資料バインダーをひったくると、そのまま山県の頭を上からたたく。


「何をするのさ」

「見て分からないのか。理想馬鹿に現実を教えているのだ」


 秋田はバインダーを片手で閉じると、声を潜めて言った。


「いいか、山県」

「何だい、秋田?」

「中街のスリを検挙けんきょしていった先に未来はあるか? ない。断じてない。それなら上街のセレブにペルシャ猫を届ける方がまだ堅実だ」

「よく逃げ出すよね。あの猫。秋田は猫好き?」

「俺は犬派だ。社会の犬だ」

「そう残念」

「まあ、あの猫を見つけたところで、結局本部の連中の手柄にされちまうんだがな。

 しかし、今回ばかりはそうはいかない。何せ上街で直接捜査ができる。猫も直接届けられる」

「秋田はあれだね。宝くじにはまるタイプだね」

「俺が宝くじなら、お前は何の価値もない路傍ろぼうの石を拾い集めているようなもんだ。意味ないぞそんなことしても」

「そうかな。石を拾っていったら道が綺麗になる。そしたらみんな幸せじゃないかな」


 山県の天真爛漫てんしんらんまんな笑みに秋田はいつものように嘆息するしかなかった。


「あのな、今この街じゃ誰がキリサキマを捕まえるかで、民間の自警団まで含めて大童おおわらわなんだぜ? そんなんじゃ置いてかれんぞ。一生、中街だ」

「ああ、分かってるよ」

「…………もう時間だぞ」

「分かってるよ」

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