五間町 その1

「嘘だったらいいのに」


 五間町ごけんちょうは思わず空に向かって呟いた。

 彼の心とは裏腹に眩しいほどに晴れ渡る空が、少し憎らしかった。


 五間町。中学二年生。


 彼は現在恋をしていた。相手は同じクラスの同級生である。

 今から一年ほど前。

 外部受験でエスカレーター式の私立中学に入った五間町は、クラスどころか学校そのものと馴染なじめずにいた。


 帝辺ていへん学院。


 そこは上街うえまちの中でも最も身分の高いものたちが通う学校であり、通常は上街出身のものしか入学が認められていない。

 しかし各年にたった一枠、中街なかまちからこの学校へ入ることができる。


 五間町は超々難関の入試を勝ち抜き、帝辺学院入学の栄光を手にしたのである。

 だが、憧れの地には想像以上に厳しい現実が待ち構えていた。

 まさにこの街の縮図とも言える階級社会。

 親の力がそのまま反映され、下の者が上の者に逆らうことなどできない。

 学校内において下層の者たちにとっては、中街出身の五間町は絶好のストレスのはけ口である。

 ホームであるはずの中街でも、周囲の妬みからひどい仕打ちを受け、五間町にはどこにも逃げ場はなかった。

 両親の期待を裏切るまいと、必死に耐え忍んできた五間町だったが、ある日、比較的上層に位置する生徒に対し、不満の言葉が口をついた。

 たったそれだけのことで、あわや退学にまで追い込まれた彼を、彼女――尋美ひろみは救ってくれたのである。

 それを機に尋美と友達になれたことで、五間町の中学生活は一変した。灰色だった世界が色づいたような気がした。

 二年生に進級し、気付けば五間町は尋美のことが好きになっていた。

 その尋美が、今クラスでイジメにあっている。

 彼女の父親に不穏な噂が流れたため、学校内での影響力が低下したことが原因だった。

 一年前の五間町の件を含め、尋美のことを快く思っていなかった者は多かったようで、それはかなり凄惨せいさんなものだった。

 もちろん助けたい。助けたいが、以前に問題を起こしている五間町がまた問題となる行動を起こしたとなれば、退学は免れない。

 両親からは何と言われるか分かったものではない。尋美とも別れなければならない。

 そんな風に葛藤かっとうしているうちに、五間町の妹が難病にかかった。

 この病気の治療ができる医師は、街にも一人しかいない。その医師は上街に住んでいる。

 妹が上街の病院で治療を受けることができるのは、五間町が今の学校にいればこそである。

 もしも、五間町が退学することになれば妹は……。


 尋美へのイジメは続いていた。五間町はただ見ていることしかできなかった。

 そして、つい一か月ほど前から尋美は学校に来なくなった。自宅で引きこもっているらしい。

 そのことに安心した自分に気付いて、五間町は最低な気分になった。

 尋美が登校しなくなり、学校内での差別対象は再び五間町に移る。世界はまた色褪いろあせた。 


「はあ……」


 憂鬱ゆううつな気分のまま、中街の自宅からの長い通学路は終わりを迎えた。

 敷地内前のセキュリティゲート。あれをくぐれば地獄の一日の始まりである。

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