最終話 いってらっしゃい。

「間に合わないかと思ったわ」


セカイが快活に笑う。私たちが帰還した時、木星ではすでに1年が過ぎていた。


「プロジェクトは容赦なく進んでいたから、別にあなた達を待っていた訳じゃないのよ」


今度は表情を変えてニヤニヤと笑う。


「3回も延期しておいてよく言いますね」


今度はニコリとシズルが笑う。


「それは言うなって言ったでしょ!」


自称9歳のセカイは口から唾を飛ばす。

ダイチが、ヤミが、シズルが、皆が笑う。


「そろそろ不明領域に入ります。通信を一回切りますね」


シズルの声に名残惜しそうにセカイがごねるが、大きくなるノイズに自然にフェードアウトしていった。


ここは死球へのメインシャフト。アマテラスとマガツはお互いに見合った状態でゆっくりと降下していた。私はコクピットを開く。


「セカイ、気がついて無いみたいだね」


私の声にヤミが答える。


「それは、気が付きようがないでしょ?全く、不憫な事だわ」


そう言ってからコクピットから顔を出しもう一度私を見る。


「言ってもムダかもしれないけど、本当に良いのね?」


私が答える前に相対するマガツのコクピットが開き、シズルが片足立ちで身を乗り出す。


「すみません、最後は私のわがままに付き合っていただいて。」


ヤミはじっとりとした目で不服そうにシズルを見ている。


「今でも私はあなたの考えには賛同できないわ」

「ヤミさんらしいです」


私たちはアルテマキナの腕をつたって静かにお互いの機体を交換した。


すれ違い様に私はシズルと見つめあって手を繋ぐ。シズルは言葉なく指を絡ませるが、私はふりほどく。


私たちはセカイには決して気が付かれないように相手の機体に乗り換える。


「きっと怒るわよ、セカイ」


マガツのコクピットの中で、ヤミは私に呟く。私はセカイの顔を想像しながら苦笑する。


「しょうがない事なんだよね」

「それ、あなたの本音なの?」


私は黙った。

これで良い。

これで良いんだ。


やがて下方に見えてくるのは死球への入り口。マガツはそこで降り、ゲートの外縁で待機。そこから私は下方を見る。


みるみる小さくなる金色の鳥。


「シズル」


一言呟く。


アマテラスは虹の光をはためかせ

さらに降下していく。


ユメちゃん。ユメちゃん。中群体を通して聞こえるシズルの声は私の名前を唱える。祈るように。歌のように。


やがて、セントラルとの通信が回復する。ノイズ混じりのセカイの声が呼びかける。


「アマテラスは高度が低すぎるわ。お姉ちゃん、もっと高く飛んで」


マガツの中から私が返事をする。


「少し最後に見ておきたくてね」

「何を言ってるのよ悠長に。間も無く"この時代は閉じる"。そのプランで動いているのだから。時間まで残り僅かよ。封鎖プロセスはもう始まっている。すぐ戻りなさい!」


セカイが私達の機体が入れ替わっている事に気が付かずに捲し立てる。そう、これはセカイのプランとは違う。


本来ならアマテラスとマガツで最後にゲートが閉じる瞬間を護衛するのが目的だった。


しかし私たちのプランは・・・。


私が見下ろす遥か下。雲の切れ間からアマテラスが見える。淡い金色の光をまといながら、シズルはあの人に会えただろうか。


※※※※※ ※※※※※


胸が苦しい。それは私の心のせいか。それとも擬胎接続の影響がもう出ているのか。


「ユメちゃん」


私は心許なく叫ぶ。彼女の耳に届いているのだろうか。そして届いていたとしても、こんな私に会ってくれるだろうか。


「ユメちゃんっ!」


次第に強く声を上げる。

擬胎接続が私を蝕む。


ああ、これは罰なんだ。

"待っていて"って彼女は私に頼んだのに。

口の中に血の味が滲んでいく。


「ユメ・・・ちゃん」


ポツリポツリと涙が落ちてくる。

会いたい。会いたいよ。

祈りのように呟いたその時だった。


雲の切れ間からこちらを包み込むように、それは現れる。あまりの事に私は目を丸くする。あまりに大きく、あまりに異形で。でもその姿は、目は、白い髪は。


「ユメちゃん!」


私は耐えきれず慟哭する。


「ユメちゃん、ごめんね。ごめん。待ってるって言ったのに。」


溢れ出す感情が。涙が止まらない。


「でも救えたんだよ。あの星の人は皆、これからを歩んでいく。私たちが歩めなかった道を、しっかりと踏み越えて行けるんだ。」


"彼女"は大きなその腕で、私の乗るアマテラスを抱きしめ、愛おしむかのように顔を近づける。


歌が聞こえる。

リリルラと歌う歌が。


「寂しかったよね。たぶん8000年も、1人だったんだもんね。これからはそばにいるからね。それから、それからね」


最後に私は伝えようとする。


向こうで出会った素敵なもう1人のユメちゃんの事。しかしどうしても、言葉が見つからなくて、口の中に何かが詰まり、また黙る。飲み込めないその思いの正体がわからない。


「ユメちゃん」


誰のためにかもわからずに呟いたその途端に、私の身体を走る痛み。ポリプの神経構造が引き裂かれていくのを感じる。薄れ行く意識の中で、巨大な塚ノ真ユメの瞳を見つめる。


ごめんね。遅くなっちゃって。私、これからもう2度とあなたと離れないから。


そう思った矢先だった。


「アリス」


彼女が私を呼ぶ声。


「アリス、ありがとうね」


彼女はそう言うが早いか、巨大なその腕でアマテラスを強く抱きしめ、その見た目にそぐわないほどの急激なスピードで上昇していく。


「ユメちゃん?!」


私の言葉などどこ吹く風か。あっという間にゲートにたどり着くと、すでにほとんど閉じかけているそのゲートの隙間から、マガツ目掛けて投げて寄越した。


※※※※※ ※※※※※


"この時代と断絶"する10秒前、私とヤミは目の前で起きた事に目を丸くしていた。


セカイがギャーギャーと通信でがなりたてている。


マガツが抱き抱えるアマテラスのリンクからはシズルの安らかな寝息。


閉じゆくゲートのわずかな合間から"私たち"は見つめ合う。


「ふぅん」


私、塚ノ真ユメは呆れた顔でもう1人の巨大な自分と相対する。私と似たような顔で満足げな視線。それを見て私は大きくため息をついた。


本当にもう、

我が事ながら、

私と来たら。


「王冠クラゲは人類史上1番わがままね。」



おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アルテマキナに夢見る王冠クラゲは人類史上いちばんワガママ。 七四季ナコ @74-Key

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ