第46話 存在証明

「こいつ、光速機動に対応している?!」


私は突き刺した大剣をそのまま抉るように、やつを木星の衛星に叩きつける。否、叩きつけた瞬間、衛星の方が泡と消失する。


「因果否定消滅?!アルテマキナ並み、いや、アルテマキナの機構そのものだ!」


ヤミが驚きの声を上げる。

私たちのアルテマキナは全て死球から発掘されたマキナ胚と呼ばれる巨大なポリプから生まれた。もしかしたらこの竜は全ての源なのかもしれない。


そんな考えなど他所に、竜はその巨大な掌でアマテラスを跳ね飛ばす。そして私たちの存在など意にも介さずと言った風に木星へと進路を取りはじめる。


私は深く刺さって抜けないカリバーンをそのままに、一旦距離を取る。


「ならばこうする!」


アマテラスの手に因果否定の光の槍を作り出す。宇宙の暗闇に太陽の如くアマテラスの黄金の粒子が満ちていく。再び光速機動。


「止まれ、止まれ!」


奴のその身に深く槍を深く突き立て、黒い身体を弾き飛ばす。そのままさらに加速、土星方面に追いやる。


「ユメ、あまり木星から離れるな!太陽を中心にモニタしているが、戻れなくなるぞ」


すでに星の海に木星は紛れた。もともと自ら光を発さぬ星だ。それに、戦闘機動と光速航法では測量法も意味も異なる。そうか、と私は気がつく。


「そうか、こうして」

「ああ。きっとそうだ」

私とヤミはお互いの考えを照らし合わせる。


"こうして、アリスの居た木星の【塚ノ真ユメ】は木星から居なくなった"。


私たちは化け物と激しく光速でぶつかり合う。アルテマキナも52メートル級。十分巨大だが、竜はいまや差し渡しが5キロを超えていた。


巨大すぎる物体の光速機動は周囲のあらゆる小天体を因果否定消滅に巻き込む。


宇宙のあまたの星の存在は竜の存在を否定する。だがそれに抗って衝突の瞬間竜が星の存在を否定すればどうなるか。


私が突き立てた刃に圧され、その黒き竜が星に衝突し、衛星がまた一つ消える。


そうだ。"想い"の強い方が存在を確定する。


突撃してくる竜に向き合い、私はヤミと気持ちを合わせて光の槍でなんとかやつを受け止める。私が私である事を常に証明し続ける。


「これが私たちの戦い」


光速で距離を取る。このまま再突入。いや、しかしその前に肉薄されている。視界の全てが黒体で瞬時に埋まる。


さすがに避けきれず、大きな衝撃がアマテラスを襲った。計器類が警告の悲鳴を上げる。


「この質量が光速を越えている?物理的にありえない」


私達は大きく弾かれ、さらなる太陽系外周まで追いやられていく。


「まずいぞ、ユメ!このままでは」

「帰りの心配より、今の心配をなさい!」


言いながら私たちは何度も奴を刺し潰すが、いかんせん腕の力だけではダメだ。光速を乗せた一撃でない限りビクともしない。


激しい衝撃にアマテラスの黄金のマスクが剥がれる。その下から姿を現したのは、塚ノ真ユメと同じ顔。


「接続が深すぎるんだ。」


ヤミが叫ぶ。そんな事はわかっていた。今ならわかる。きっとこうして戦い続け、アマテラスとひとつになってしまったのが"アリスの星の塚ノ真ユメ”なのだ。


ヤミはその様子を見てひとつ大きなため息をつく。


「いよいよだな」


その一言に私は怪訝な顔をする。

ヤミらしくない。


「諦めないでよ、ヤミ」


私の声にヤミが笑う。

滅多に笑わないくせに。


「違うよ。お別れってことさ」


ヤミがコンソールで何かのコマンドを叩く。すると突如ゴトリという大きな金属音とともに視界が揺らぎ始める。世界が動く。


いや違う、動いているのは私の方。私のコアがゆっくりとアマテラスから離れていく。


「擬胎接続ならアマテラスは一人で動かせる事は分かっていた」


アマテラスが金色の光を強めていく。

それはまるで新しい太陽の誕生のように。


「ヤミ!」


私は声を上げる。コアの壁を激しく叩くがもうヤミに届くはずもない。


「楽しかったよ、ユメ」


ヤミの声と共にさらに光が強まる。これは因果否定消滅。アーキタイプの持つ"爆発"の光とほぼ同じ原理。だがしかし、ヤミはそれをシンマキナのスケールでやろうとしているのか。


竜が咆哮し、金色の巨人を葬るために再び羽ばたく。


と、その時、最後のヤミとの中群体が途絶える。嗚呼、私はヤミの最後の言葉さえ聞くことが出来ずに。


「ヤミ!」


私の叫びをかき消すかのように、神話模倣器の甲高い音が響く。


ヤミはしかし気がついた。爆発が始まらない。いや、むしろ光が徐々に弱まり、アマテラスがその機能を停止していく。


「そんな、まさか、何故だ?!」


慌てふためく。ヤミはアマテラスの手足を観察する。光が消え失せて茶色い枯れ果てた姿に変貌している。いや、その光の粒子は消えたのではない。どこかに流れていった?


「そんな事だろうとは思ったわ。」


脳内に響く声。これは大群体としてのライン。つまりセグメントの力。


「ユメ?!」


ヤミが見上げると、そこには無数の粒子の小さな流れ。それは寄り集まって大河となり、一つの大きな光体を結成する。


光り輝くその中心に存在するのは。投棄されたコアの上に雄々しく立つ少女の姿。その髪は金色にたなびき、稲穂のような黄金を讃える。


ヒト。そう、ヒトだ。

それが山ほどもある竜と対面している。


「塚ノ真、ユメ?!」


ヤミが思わず口にしたその名前。そう、私は最初からわかっていた。ヤミならこうするだろうかと。シズルならああしただろう事も。ならば。


「さぁ、来なさい竜。この、塚ノ真ユメが相手よ」


私が手を伸ばすと形成されるのは光の刀。


星を。


銀河を。


宇宙を両断する絶対なる存在の否定。


私の存在の肯定に道具が必要なものか。


私の存在の証明に力が必要なものか。


それはただ一つでいい、自分が自分である事。


それだけを信じれば。


「私は、私が嫌い。」


私は初めて認める。

この結末のために、

いったい何人の心を踏みにじったか。


私は剣を構えて足を踏み出す。

黒き竜は叫びを上げて私に迫る。


「でも、自分が嫌いな私でも。自分が嫌いなまま自分が好きって言えるから」


私は大刀を振り下ろす。


星が。銀河が。あらゆるものを切断しながら一振りの光が振り下ろされる。


「あなたなんかには負けないんだから!」

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