第45話 星の彼方へ

「いや、しかし置いてけぼりをくらうとはねぇ」


北条カノンは病室から空を眺める。真昼のこの明るさでは当然のことながら火星など見えない。


机の上には薬と水。そして恨みがましく置かれたゴム弾が三つ。カノンはいかにも恨めしそうにそれを眺める。


「本当、こんなおもちゃで死ぬとこやったわ」


我ながらため息が出るといった風合い。


「ほんまに。頼んますわ静流はん。茶番かましてまで譲ったマガツやさかい、あんじょう使こうてや」


そう言ってもう一度、見えない火星を見上げた。


アルテマキナ

-episode.45-

星の彼方へ


「そちらに行きました!」

シズルの声。


アルテマキナ・マガツの大剣、"クサナキ"の一振りに竜は方向を変える。私の目前には黒いヘドロのような黒体の竜。私はその獣めがけて可能な限りの存在否定を込める。


それはアマテラスの両手から光となり、即座に形をなす。見上げるほどの大槍。


「ここからいなくなれ!」


私は力の限り巨大な竜の黒体を打ち上げる。いや、打ち上がらない。


「だめだ、重すぎる!」


「渡せ、木星のアルテマキナ!」


即座に火星の騎士-フラスコと言ったか-がフォローに入る。巨大なパイルバンカーを竜の腹に向かって打ち上げる。


爆音と共に二人で息を合わせる。

「うおおお!」


騎士の雄叫びのこだまと共に

「持ち上がった!」

ヤミが歓喜の声を上げる。


「任せてよ」


狙いすましたセカイの声。振り絞った白い光の弓の、極限まで張り詰めたその弦を解放する。


光の奔流を伴って放たれる光速を遥かに超える一撃。竜の腹のウロコが割れ、大きな傷が穿たれる。


しかし


「フォワォォォオ!!」


竜の咆哮。激しい衝撃波と共に耳が、目が、すべての感覚が鈍くなったような感覚。


これは私たちの群体の

結びつきを断裂する力。


「どう言うことだ!」

ダイチが叫ぶ。


「不明です。ですが、どうやら私たちの"群体"と似た力・・・いえ、逆の力を持っているように思います」


シズルがコンソールを叩いて分析する。我々の中での意識共有が曖昧になっている。私はアマテラスの通信機を繋いだ。


「ヤミ、接続は?」

「中群体はかろうじて繋がっているみたいよ。だけど、あの咆哮を何度もされると危ないかも」


時間はもうあまり無い。

どうする?私は躊躇する。


「擬胎接続、するか?」


ゴクリと唾を飲むと。

途端にセカイの声。


「やめなさい。2秒ほどなら確かに汚染は最小限で済むけど、この状況で本当に2秒で済む保証はないわ」


銀の巨人、リリルラが無数の羽の刃で付近から迫りくる無数の飛煌体・・・正確には竜のウロコを斬滅する。


戦いが始まってからはや2時間。竜は全く怯む様子が無い。いや、それどころか火星の住民を喰らったウロコを回収しさらに巨大となっていく。


いまやその大きさはアルテマキナ4、5体分に匹敵する。


「ヒメ様、第四区画にアーキタイプが一体残っています。それを使っては?」


フラスコが進言する。

リリィは目を見開く。


「アーキタイプ?あの?アーキタイプがまだあると言うのですか?」


シズルが火星に来てから一度もアーキタイプは生産されなかった。つまり現存する一体はそれ以前に生産された完全なるオリジナル品。


「何?切り札があるなら拾うわよ」

セカイの通信。しかしそれをシズルが遮る。


「なりません。あれを使うのは絶対に」

かつて無いほどの強い口調。


「何故だシズル。使えるものは使わねば明日がないかもしれないぞ」

ダイチの声。


シズルは震える声でリンク先のダイチを見つめる。

「ダメです。ダイチさん。あなたがあれを見てはいけない」


しかし私たちの議論を打ち破る2度目の咆哮。衝撃にアルテマキナが軋みを上げる。


「皆様、あれをご覧ください!」


リリィの声。見ると竜はその背中から新しく黒い触手を伸ばしつつあった。


腕?いや、あれは

「翼だ。木星に向かうぞ」

兄の声に弾かれたように私は駆け出す。


いよいよ選択肢がない。私は気持ちを決めると駆け抜けざまに地面に突き立っているリリルラの剣を引き抜く。


「私のカリバーン!」


セカイの叫びに私は短く答える。

「借りるよ」


両手で正面に剣を構えるとアマテラスの黄金の光はさらに強くその存在を知らしめる。


「マイスエミュレーター全開!」


もはやそれは金の光の奔流。

暗き火星を太陽の如く照らし出す。


「みんな、シズル」

私は振り向き呼びかける。

「必ず戻るから、待っていてよね」


それからアマテラスはまた前を向く。もう振り返ることはあるまい。歯を食いしばる。


「絶対戻るから。忘れないでね、シズル」


私は口の中でもう一度だけ言うと、光速で刀を竜の喉元に突き立てる。竜の叫びと共に眩い光が巨大なそれらを包んでいく。


「ユメちゃん!」


シズルの私を呼ぶ声が聞こえる。私は振り向かないで笑う。


マイスエミュレーターが甲高い音を上げ、新たな神話を模倣ではなく、紡ぎだしていく。


「これで、さよならだ」


誰にともなく言うと、一瞬の爆音。

静かさの後に空気の爆縮。

残された彼らの前には誰も残らない。

竜も黄金の巨人さえも。

残されたものは空を仰ぐ。


そう、全てはあの銀河の彼方に消えた。

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