第43話 2人の戦争(後編)
平気なフリしても
指先から夕暮れは急速に近づく。
第七星詠3692年
セカンドクオーター
769日
『その巨人 蒼き薔薇ノ如ク咲き誇り
赤き星に向ケテ キビスヲかえす』
第一次バビロン戦役
6日目
「これは何?」
コアの中の狭い座席に彼女、静流ヤマリと2人でぎゅうぎゅうに腰掛ける。密着しながらも私は涼しい顔で答える。
「アルテマキナですよ。回収したマキナ胚から培養した巨大な刺胞体。原則的には私たちとサイズ以外何も変わりません」
ヤマリは驚きをあらわにする。
「こんな巨大なものがヒトだと言うの?」
私はうなずく。
「ポリプでできています。そしてこのポリプは私たちの単体ポリプと互換性があるので接続する事ができます」
私は目を瞑って意識を集中する。微かにアルテマキナ・マガツの息吹を感じる。1000年を超えて私もボロボロ。この状態では接続は稼働させられるギリギリまで薄まっている。
「いつもは接続強度を調整して、私が飲み込まれないギリギリの範疇で扱うのですが、事態が事態ですので」
私はゴクリと唾を飲み右手を見た。
すでに小指が黒ずみ、崩れ始めている。残り時間は少ない。私は覚悟を決めた。
「擬胎接続を使います」
私は接続経路を変える。
「んっ!くぅっ、ぁ、ぁあっ!ふぁぁぁ・・・」
苦痛に声が漏れる。
「だ、大丈夫なの有栖さん?」
ヤマリは不安そうにビクビクと脈動する私の肩を揺らす。私は身体中から汗が吹き出す。
「ア・・・アルテマキナとの経路を全開放していますから。やがて私はこの子に取り込まれるでしょう。その前に」
苦痛に顔を歪めながらアルテマキナのリンクが最大解放されるのを感じる。
「いきます」
瞬間、マイスエミュレーターが唸りを上げて爆発的な虹色の光をあたりに撒き散らす。
すると次の瞬間、そこは青空。
見渡す限りの青と赤い大地。
そして遥か遠くに地平が弧を描いて見える。
見渡す限りの敵性ドローンが木葉のように無数に舞い踊る。私たち二人は一瞬だが永遠に近いその中で、その美しい一面の景色に瞳を見開く。
刹那遅れて周囲の空気がはじけとび
その次は静寂。
「空?!敵?!」
あまりの唐突さに驚きを隠せないヤマリを尻目に私はさらに機動する。
「光速を出してます。脳が加速されていないあなたでは見えないかも知れませんから、あまり深く考えないように」
次の瞬間、再び空気の弾ける音。
わずかなその一瞬、視界に見えるすべての敵機は両断され木葉屑と化していた。
ヤマリは開いた口が塞がらない。
マガツの両手には長身の剣が二振り。
「すごいでしょ?」
私が初めておどけて見せたその瞬間
液体の詰まる気持ちの悪い音と共に
私の口から出たものは血の塊。
いけない。
もう内部器官が硬化をはじめている。
激しく血が出て喉がむせかえる。
これはまずい。
「どうすれば、どうすればいい?」
ヤマリはその状況に泣きそうな顔で私を見る。
「か・・・構いません。これが望んだ結末です。それより」
私はヤマリが私の肩を揺らしたその腕を掴む。
「今日は、バビロン戦役6日目と言いましたね」「は、はい」
あまりの気迫に静流ヤマリは気圧され返事を返す。
「なら、"爆弾“の投下が近い。急ぎますよ」
言うが早いか私はさらなる光速軌道。
すでに四肢の感覚が薄い。
擬胎接続でなければ
とっくのとうに動かせなくなっていた。
そう、これは命の有効活用。
私の命を弾丸とする行為。
「だが」
私はちらりと静流ヤマリを見る。彼女はきっと私の願いを叶えてくれる。私がやれなかったことを継いでくれる。
「そのためにまず、命をつなぐ」
私は空よりもさらにその向こう、宇宙を見上げる。衛星軌道にほぼ近いそこにそれは浮かんでいた。大型の火星軍の輸送船。
その中央にケーブルで吊るされた巨大な物体。
「あれが・・・"新型爆弾"・・・?」
ヤマリが言葉を失う。
無理もない。
だってそれは。
「あれは、どう見ても、どう見たって」
そう、それは白い肌をした巨大なヒトの身体に見えた。首の後ろから伸びたケーブルで輸送船から吊られ、力なく四肢を投げ出している。
「あれはアーキタイプ。アルテマキナの"なりそこない"です」
私たちが見つめるその肢体は確かにアルテマキナと同程度。いやわずかに大きいくらいの大きさ。顔には鉄板が無造作に貼られ四角い箱のようなマスクがかぶせてある。
「あれを大地に落とすとマスクが割れて見渡す限りの因果否定が始まる・・・星の地表が半分無くなります」
私のアルテマキナは2つの剣を合体させる。そして肩のトゲもすべて武器化して一つに束ね、巨大な一つの大剣を作り出す。
「その前に、刈り取ります」
間髪入れずに加速すると光速での一刀両断。
しかし、私は目を見開く。
無抵抗なはずのその生贄は、
右手で無造作に私の刀を掴んでいる。
「こいつ、覚醒している!」
わたしは驚き距離を取る。ありえない事だ。わたしの知っている歴史とも少し違う。その巨人はもがきながらケーブルを引きちぎると、虹の光を出し始める。
「まずい!こいつ腐マキナじゃない、聖マキナだ!」
私が叫ぶ間も無くその白い巨人は、指一本動かさないままで不気味なほどの高速で接近してくる。
反撃を、反撃をしなければ。
しかし私はすでに身体のほとんどの感覚がなくなっていた。主感覚がアルテマキナ・マガツのメインセンサーのものに置き換わってきている。アルテマキナと私が一つになろうとしている。私は誰だ?私は何だ?混濁する意識の中で敵を何度か斬り払う。血が流れる。かろうじて攻撃は効いている。
「ヒメさん、戻ってきて!」
私は声にハッとする。意識を戻すと私に唇を重ねる静流ヤマリの姿がある。一瞬だが永遠に思える温もり。私の口なんて、今や血みどろのよだれまみれで恥ずかしいったらありはしないのに。
「あなたの記憶、もらいました」
ヤマリの感情が流れ込んでくる。
「このままでは"お願い"もろくにしてくれないと思いまして、そして」
ヤマリはさらに唇を長く重ねる。このままでは記憶の共有どころではない。"混ざって"しまう。
「ヤマリ、やめるんだ。このままだと私とキミの人格が混ざってしまう。そしたら君は」
「いいんです」
さらに強引に口を塞がれる。
「あなたの願い事ごと引き受けますよ。そうでなければそんな足を見て平気でいられません」
見ると私の足はすでに壊死して崩れ去っている。全てが崩壊する時も近かった。
「まったく」
私もため息をつく。
「君が思っているより、私の思いは重いからな?」
私は唇を重ね返した。
刹那、私達の持つ巨大な刀は敵たる巨人の腕を引き裂く。悶える巨人。赤い血がほとばしる。
今や剣を構えるのは一人ではない。
これは私達二人のアルテマキナ。
「さぁ、行くわよアーキタイプさん!」
コクピットで操縦桿を握るのはたった一人の静流ヤマリ。しかし今や有栖ヒメでもある。長年使ってきたかのように操作が手に馴染む。
私は軽く剣を振ると大剣を分解、それを相手に投げて飛ばす。相手の身体に深々と無数の刃が突き刺さる。マスクが弾ける。
いけない、存在否定がくる。
「概念障壁!」
アーキタイプが臨界に達する。
私の眼前に光の壁が展開され本来地平を焼くほどの炎が広がり、私は全てをその身で受け止める。白い巨人が唸りを上げながら自壊していく。
泣き声にも聞こえるその声の中で燃え尽きる刹那、私はそのマスクの下を見た。
目を瞑った無表情な白面。
逆立った白い髪の美しい
男のヒトの顔に似ていた。
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