第42話 2人の戦争(前編)

暗き虚からいでし御子。

その瞳もどこか黒く。


第七星詠3692年 

セカンドクオーター 

769日


『一陣ノ風戦場に吹き荒レ 敵を残滅ス

 空二飛び立ち 余命幾ばくモなシ』


第一次バビロン戦役 

6日目


「スパイじゃないみたいね」


シズルと名乗った彼女はライトで無防備な私の顔を照らし観察する。


「眩しいです」


私は手で光を遮りながら目の前のヒトを見つめる。何しろ1000年と少しぶりの言葉が通じるヒトだ。少し感動してしまう。


しかしどこか彼女の所作から感じられるのは焦り。そういえば私もどこか"感じて"いる大群体の感情が騒がしい。


この空気は私も1万年ほど前に感じた気がする。

そう、確かこれは。


「すみません。ここはどこですか」


いてもたってもいられず突拍子もない質問。しかし私の真剣な顔に気圧されたのか彼女はすぐさま答える。

「バビロンの放棄区画第8層よ」

「バビロン」


私は呟きその言葉を反芻する。


「バビロン戦役」


私は答えを確かめるように口にする。そして今の状況を認識した。そうか、私は時を超えたのか。だとすると。


私の思考の巡りなど構わず彼女は答えながらも立ち上がる。


「そうです?戻らないと」


その中でも少し不思議そうな響きは無理もない。バビロン戦役とは後々の歴史家がそう読んでいるだけで当事者達には馴染みのない呼び方ではあるだろうから。


「待ってください」

私は彼女を止めた。


「まだ戦闘が続いているという事は、"爆発"はまだ起きていないんですね」


彼女は加減な顔をする。

「・・・どういう事?」


私は必死で伝える。

「火星軍の新型爆弾です」


それにより押し返され気味だった火星軍は撤退の糸口を掴み、私たち地球軍は壊滅、バビロンの放棄を余儀なくされる。


「その情報をどこで。やはり君は火星の」


彼女は再び疑いの色を強くし私に銃を向ける。


「信じてください。私は有栖ヒメ。セントラル生まれのセントラル育ちですわ」


シズルの指が構わずトリガーにかかる。しかし、一瞬のちも静止は終わらず彼女の指が震えている。


「・・・セグメント」


彼女は呟き、力なく手を下ろすと息をつく。


「大群体の方針よ。ありがたく思うことね」


彼女はまたひとつ大きなため息をついた。私は彼女の不安と葛藤を感じとり、強い瞳で見つめ返す。


「私なら火星軍を止められます」


言うと踵を返し私はマガツの方に歩みをすすめた。


「ちょっとまってください」


歩み寄る彼女にわたしは告げる。

「あなたも一緒に乗ってくださいませんか。試したい事があるので」


見上げる青色の巨人はうなだれて泣いているように見える。大丈夫よマガツ。これが最後だと思うから。


私はいっとき前から自分の足の小指が崩れているのに気がついていた。身体の端部から硬化が急速に進んでいる。


なぜだか私は感覚として感じ取っていた。やはり神ならざるヒトの身であのゲートをあちら側からくぐる事は叶わないこと。


そう、余命幾ばくもなし。


ならばこの身で叶うことをせめて。

私は感覚が薄くなり震える手で、彼女の白い手をつかんだ。


「その代わりお願い、私がこの戦争を終わらせられたらひとつ私のお願いを聞いてくれませんか」


私の瞳にたまる涙に彼女は狼狽する。だが彼女も触れた私の手から何かを"感じた"ようだ。


「・・・わかった」と短く返す。


2人で手を繋いでマガツの温かな

しかし私の最後の寝床に入っていく。


私は大群体に接続する。

届くかわからない。

わからないけれど。


「行くね、ユメちゃん」


一言呟くと瞳を閉じる。

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