第38話 魔神の子

昔から俺にはアルテマキナの声が聞こえていた。むしろ誰にでも聞こえるものかと思っていた。


ところがアルテマキナに携わるようになった妹2人も、セカイも、そんな声が聞こえた事は未だかつて無いという。


だとすればこの声は一体なんなのだ。


「怖がらなくても良い」


アルテマキナ・エレトは俺に語りかける。俺たちは共に沢山の空を飛んだ。俺はエレトと共にあり、エレトもそれに応えた。


しかし


「俺のミスだ」


俺は彼に懺悔する。

暗いドックの隅で修復を待つ俺の友に。


「それは良い。もう過ぎた事。それより主人よ、ミシェールもお前に会いたいと言っている」


それから俺はミシェールと飛ぶようになった。ミシェールは俺に語った。セカイと如何に楽しく飛んでいたか。凱旋の時の誇らしい気持ち。そして、今誰も乗らなくなり寂しくなった事も。


思い出せばハールートとマールートに悩みを打ち明けた事もあった。まだアイツらが一つだった時、ヤミが生まれて俺は悩んだ。


すると

「いずれこれが必要になる日が来るでしょう」

そう言って彼らは惜しまずに

自らの身体を二つに分けた。


俺にはずっと、

ずっとアルテマキナの声が

聞こえていた。


ああ、でも今ここは気がつくと闇。


胸の痛みが止まらない。


するとどこからか俺の他に

誰もいないこの空間に声がこだまする。


「寂しい」と。


俺は痛みを忘れるかのように

大きな声を出す。


「大丈夫か?俺と話そう」

「本当に?」


彼女はふつふつと話し出す。

遥か昔、白髪の少女と黒髪のローカルパッケージの少女による起動実験。初のデュアルコアとして生まれるはずだった宿命。


しかしその宿命に抗った事。

そして、今は後悔している事。


「ならどうしたい?」

ふと声が途絶える。


「君は戦いたいんじゃないのか?」

「そうかもしれない」


自信なさげな声が沈む。

「君は白喰セカイと戦いたいんじゃ無いのか?」

俺はもう一度口に出す。


しばしの沈黙の後に応え。

「わからない。でも翔びたい」


今度は俺が言葉を待つ。

じっくり、しっかり

彼女が声を絞り出すのを待つ。


「私は白喰セカイと翔ぶチャンスを不意にした事を、後悔しているのだわ」


それを聞いて俺は声を振り絞る。既に身体が息絶えているのを感じる。はっきりと思い出す痛み。下半身など既にありはしない。残りがこの意識だけなら、もしそうだとしたら。


「なら手伝おう。少しの時間なら俺が力になれるはずだ」


理屈はわからない。原理も。ただ、俺のこのアルテマキナと繋がる力が何かの触媒になって世界を繋いだ。そういう事だろう。


「さぁ、行こう」


俺は腕を突き出す。早速壁にぶち当たる。狭い。力が入らない。今までの力はどこに行った。全力で力を振り絞る。目を見開く。


さぁ、外の光を取り入れろ。

網膜に焼き付けろ、戦場の光を。


「うぉぉぉぁああ!」


声にならない叫びを上げながら、俺は殻をぶち破る。途端にくぐもった音から解放される。


空に響き渡るのは剣戟の激しい音。瓦礫が吹き飛ぶ音。そして、白喰セカイが泣き叫ぶ声。


俺は一歩、ニ歩。その震える足を踏み出す。体が重い。ふらつく頭を抑える。違和感を感じて記憶より幾分細い手を伸ばし、頭から垂れるものを除ける。白く、長い髪の毛。


「あぁ、そうか」


白喰セカイが俺を見て目を丸くする。

まぁ、仕方のない事だろう。


「セカイ、約束を守るから少し待っていろ」


途絶えながらしゃがれた声で絞り出す。


「アルテマキナ・クレー、聞こえるか」


驚いたような声が返ってくる。


『夢じゃなかったのね』

「夢じゃないさ。その声はこのすぐ下だな」


俺は手をかざす。

ハールート達と呼応した時を思い出せ。


「アルテマキナの母たる塚ノ真ダイチが願い上げる。アルテマキナ・クレー。今こそ白喰セカイの剣となれ」


途端に地下から伸びるポリプの増殖。コンクリートを破砕しながら隆起した肉塊が大量に姿を変容させながらその姿を人型へと変質させていく。


『クレー?』

形作りながら彼女は続ける。

『その名前、気に入らないの。私の名前は・・・』


俺が手を伸ばす。

今は細い腕。

そう"もう1人のセカイ"の体を

借りているのだ。


セカイがこちらに走り寄り手を伸ばす。


「ダイチくん?!」

「セカイ、いくぞ!」


手を繋ぐと2人を中心に

新たなアルテマキナが生まれる。

その名は。


「リリルラ、君とセカイの飛翔を見せてやれ」


歪なコクピットで俺たち2人は産声を上げる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る