第37話 クイーンズ・ストライク(後編)
「そのままでよろしいので?」
ドレスのままアルテマキナ・マガツに乗り込む私にフラスコが声をかける。確かにいつもならパイロットスーツに着替えるところだが、もはや死球に行くわけでもない。
「支障はありませんよ」
私は素っ気なく答えると構わずシートに腰を乗せる。いくつものスイッチを入れ、キーを回し発進シークエンスを終えると改めてリンクでナイトタイプを呼び出す。
「光速で行きます。ついて来れないなら戻っても構いません」
「また、姫は手厳しい」
そう言った後にフラスコがあまりにも気持ちよく笑うので、私も釣られて笑ってしまう。明るく気持ちの良い人物だ。リリィが信用するのも納得行く。
「では。ゆきます」
私は勢いよくペダルを踏むと機体を加速させる。街の上を旋回して空から見る火星は赤い大地など微塵も見えない。白い機械星の顔で私を見送るだけだ。見た目に限って言えばそう木星と変わらないものだった。
私はリンクを切ると秘匿回線でリリィに繋ぐ。
「お母様の食事の内容は見ることが可能ですか?」「やはり気になりますか。リスト、と言うことでよろしいですよね?」
恐る恐る聞いてくる。私は黙ってうなづいて見せる。送られてきたデータリストを私は手早く確認した。
「やはり、クラゲを食べていますか」
申し訳なさそうにリリィが付け加える。
「私どもも止めたいのですがローズ殿の方針で。知的な教育をする前なら効率も良く人道的配慮としても十分だとお考えのようです」
「わかりました。ありがとう。過ぎた事です。過去の自分を責めないでくださいな」
私は通信を切るとそのまま光速ギリギリまで加速する。こうなるともはやワープのようなもので木星が次第に近づいてくる。いや、見えたと思ったらもう目の前、といった方が正しいか。
振り向くとフラスコはまだたどり着いていない。
「少し時間が稼げたか」
私は速度を緩めずそのままの勢いで、
間髪入れずに大地に剣を突き立てる。
轟音、振動。
狙い過たず第12ラボ。
蒼薔薇にも似た私のアルテマキナが、
瓦礫を巻き上げながら施設の上に立つ。
「さぁ、どこかしら。セカイの分身さん?」
剣を引き抜き横薙ぎに一閃。
反応としてはこの辺りだ。
逃げ惑う人ごみの中から
ピピッという電子音が私に場所を示す。
網膜ディスプレイにナビされたのは大きな瓦礫の裏。
「ここか」
私は丁寧に指で瓦礫を除くと、そこに見えたのは淡く緑に光るカプセルの中に漂うセカイの分身の姿。
目当てのものを見つけた私はゆっくりとアルテマキナの腕を伸ばしていく。その時だ。細く絞った存在否定の光が私を襲う。私は即座に天高く光速で跳躍しそれを除ける。
射線を見やると弓を構えるのは灰色のアルテマキナ。そう、アルテマキナ・ケルベロス。
「またマガツと相対する事になるとはね」
セカイは苦々しい口調のまま矢を速射する手を緩めずにリンクで話しかけてくる。私もそれを高速で避けながら悠々とリンクに返した。
「あの時のカノンさんは殺傷性の高いオプションを禁じられていましたから。あれで勝ったとは思わない事です」
私は剣を構える。ケルベロスも槍を構えるとお互い光速で肉薄する。私の刀と打ち合うたびに火花があたりに散る。
「ヤマリ、裏切ったの?」
「違います。最初から私のシナリオはこうなんです」
「ふざけないで!」
激しい攻防の中に私は少し冷めた声が漏れる。
「セカイさん。もっと怒っても良いんですよ?私、これからもっと、もっとひどい事をするつもりなので」
そう言いながら肩から青い薔薇の刺の一つを抜くと、それを長槍と変えて私の背後を貫く。
見ると背後でアルテマキナ・ミシェールの胸が見事に貫通させしめられている。
「ヤマリ・・・!」
苦しげなダイチの呻き声が聞こえる。
「ダイチ君?!」
叫ぶセカイの機体を私の刀が殴打する。
「私の背後を取ったのなら迷わず切れば良いものを。"羽交い締め"にしようとするからそんな事になるんですよ。やはり優しいですね。お兄さんは」
私はマガツ特有の尻尾でアルテマキナ・ミシェールを弾き飛ばし大地に叩きつける。
「塚ノ真ダイチ。彼が1番の攻略難所と考えていました。何より彼を殺すとユメちゃんとヤミさんに本気で嫌われてしまいますからね。でも今回ばかりは」
私の言葉を遮りセカイが突撃してくる。
「静流ヤマリ・・・よくも!」
ケルベロスの双腕が変形し牙を剥く。激しく私に斬り付けるが、私の青薔薇の装甲はそれを受け付けない。他とは違う青い火花が散り、機体の衝突を防ぐ。
「これは"ブルーロータス"。マガツの存在確定装甲にはその程度の否定は効きませんよ」
私はケルベロスの両手を掴み
コアを足で踏みつける。
「それより、ダイチさんのところに行った方が良いのでは?コアを貫きましたから」
はっとしたように飛び出すケルベロス。
私はゆっくりと後を追う。
と、そこにすかさず黄金の光が飛び込んでくる。後ずさる私の耳にあまりにも聞きなれた声が響く。
「シズル!」
「ユメちゃん」
私は手を伸ばす。しかし間に割って入ったのはフラスコのナイトタイプ。槍を突き出してアマテラスに肉薄する。
「やはり暴れ者の姫ではいかんな。ものの5分でこうもされては騎士もかたなしです」
そう言いながらもアマテラスを圧倒する。
「そこは任せた。私は下に降りる」
私は息をついて肩をすくめると、二機には目もくれずに降下していく。
目指すは塚ノ真ダイチ。
そして、セカイの分身ただ1人。
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