第35話 白兎を探して

装甲に照りつける太陽。

弾丸に爆ぜる大地。


第七星詠3692年

セカンドクオーター 

769日


『陽炎が照らし出スは巨人達の行軍。

イヅレも空を仰ぎ見て敵を迎撃ス』


第一次バビロン戦役 

6日目



けたたましい被弾の警告。

大丈夫。これくらいならまだ戦える。


空には無数の火星人の兵器ドローンが跋扈する。私はそれらから足元の群衆を庇うかのように、自分の巨大人型兵器リリパットの足を踏み出して彼らを守る。


長時間に渡っている連続戦闘で、脚のリニアアクチュエータはほぼ限界を迎えている。


軋みながらもなんとか姿勢を確保する。私はリリパットの内部シリンダーの油圧漏洩を気にしながらも高々と構えた右手の速射砲を打ち出す。

空気の裂ける音と共に薬莢が辺りに飛び散る。


「落ち着いてください。セントラルへの便はまだあります。動けるものは黄色いリリパットの誘導に従って!」


私は外部スピーカーで先導しながら敵を威嚇する。空中を飛び交う黒い敵のドローン。素早い動きだが当てられない事もない。


地上には無数の逃げ惑う人々。

バビロンという一大都市も

恐らく今日これで終わりを迎える。


「静流ヤマリさん、八層まで降りてもらえませんか?」


バーニアを吹きながら隣に着地したリリパットはクリーガー隊の3番機。


「八層ですか」


私は怪訝な顔をする。八層はこのさらに地下。そこまで戦線が後退すると言うのか。


「敵の尖兵が入り込んだとの情報があります」


送られてきた画像を見ると確かに人型兵器の影。ただしリリパットよりは幾分か小さい。その身長差はおよそ半分ほどだろうか。


「しかし地上はどうしますか」


私は空を仰ぎ見る。未だ火星人の奴らのドローン兵器は止まる事を知らずその数を増やし、虐殺の限りを尽くしている。


「5番隊が来ます。大丈夫です」

「北条のカノンさんが?」


私は直接話したことは無いが、その名を知らぬものはない。キルスコアでは常に私と一、二を争う人物だ。ここもなんとかなるかもしれない。


「わかりました。八層まで降ります。シャフト権は?」

「こちらに」


相手のリリパットが手をかざす。私の機体も手をかざすと光通信でパスが譲渡された。


「それでは行きます。御武運を」


私はリリパットのバーニアを操り

その巨体を跳躍させる。


「えぇ、あなたが帰ってきた時に、街が無いなんて事にはさせませんよ」


軽く笑いながら手を振ったその巨人は、すぐさま向き直りその右手で速射砲を連射し始める。


私はそれを見送りながら

巨大なエレベーターで地下へと侵入していく。


「乱戦とは言え地下に侵入するとは」


座標を見るとかなり深い。

上空で爆発音。果たして敵か味方か。

私は考える暇もなくシャフト権を行使し、メインシャフトを開くと高速で降下していく。


13、12、11、私は階層の数を数える。

これが私の最後のカウントダウンでなければいいのだけれど。


9、8、私は目的の階層に着くと街の中を歩き出した。この辺りはまだ開拓が進んでいない、旧人類の遺跡市街のあたり。


狭いがリリパットで入れないこともないだろう。シェルターの中は暗い。私は暗視センサーを働かせる。動くもの、大きな熱源はない。いや、あれはなんだ。


「人型兵器」


私は見たこともないタイプの人型兵器を見つける。ビルにもたれかかるようにうなだれて停止しているそれは、一見甲冑を纏った騎士のようだが、リリパットと比べるとまるで違う、生物のような異様な肢体。その傍らに小さな熱源反応。


「人が倒れている?」


私は恐る恐るリリパットのコクピットからタラップを垂らし、電灯を片手に降りてみる。馬鹿に静かだ。電灯の光にキラキラと埃が映り込む。


「火星人、じゃないよね?」


ゴクリと唾を飲む。そんなわけがあるものか。火星人はおよそ私たちと同じような文化的な精神構造は持っていないとずっと教えられてきた。それが、目の前の倒れている人物はどうだ。白い肌にセーラー服を纏い、髪は整ったおかっぱ頭。美しい黒髪。


見惚れているとその少女がピクリと動き、のそりと頭をもたげる。私は内心ドキドキしながらも電灯をそちらに向ける。眩しそうに目を擦る様が映し出される。


「あなたは、だれ?」


反射的に間抜けな問いを掛けてしまう。


「わたし?」


その人物は立ち上がる。

ふらふらと寝ぼけ顔で、

嬉しそうな満面の笑顔を見せる。


「私はヒメ。有栖ヒメよ」


そう言って私の身体に手を回す。


「やっと会えたわぁ」


これが私、静流ヤマリと

有栖ヒメの最初の出会いだ。

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