第34話 シュレディンガー・コンプレックス
ダイチの運転する車から街を眺める。稼働レールからクレーンがいくつも立ち並び、街は復旧の様相を呈している。
「ヤマリの経歴を洗ったわ。と言ってもわかったことは少ないけど」
流れる街を横目で見ながら助手席のセカイは薄いレポートを後部座席に回す。受け取ったヤミはため息をつく。
「ほとんどのデータは抹消済みか。こうなると遺伝子プール取り潰しもシズルの計画のうちだったのかもしれないな」
誰にともないヤミの問いかけには応えずに、私は外を眺める。
「ユメはヤマリと中群体をしていたな。何か気がついたか?」
兄が聞く。他の人では聞きにくいことを勇気を出して口にした感覚がある。私も仕方なく口を開く。
「過去の記憶までは辿れなかったよ。感情もどこまで本当だったのか。なんだかお互いの規格がズレているかのようだった」
私の答えにヤミは口に手を当てて思惑する。
「第六世代より古いフォーマットなのかな。そういうケースならあり得ることだけど」
セカイは"そもそも火星の規格かもしれない"と思っている事を口に出しそうになったようだが、それは皆も思っている事だ。わざわざ口に出すまでもない。
遠くには灯台が多数の修復ドローンにたかられているのが見える。一見街には普段の喧騒が戻りつつある。
「あれ以降17時間経つけれど火星からのコンタクトは無いわ。ゆっくりと軌道は離れつつあるけれど」
セカイはその小さな身体を、猫のようにシートに深く沈める。
「シズルを回収するのが目的だった?」
ヤミの問いにシズルは目を閉じながら答える。
「そうかもしれないけど、敵が光速兵器を持っている以上油断できないわ。公転軌道が離れてもほとんどの期間は10時間くらいで到達できるんだもの」
セカイのため息は深い。
「いや、シズルは来る」
私は確信を込めて口にする。ヤミとセカイが振り向いて私の顔を見る。
「シズルは木星を滅ぼすと、そう言ったんだから」
車にブレーキがかかると私とヤミは降りてシンドレア第七補給処の前に並ぶ。
「それじゃぁ、夕方には迎えに来るから」
自称9歳の白喰セカイが窓からひょっこり顔を出す。
「呑気なものね。締め出されたというのに」
ヤミがため息をつく。
「そう言うなヤミ。セカイにとっては1年ぶりの休暇なんだ」
「それでお兄ちゃんも付き合うってわけ?」
私も頬を膨らませてブーたれる。
「俺は護衛だよ。いるだろ?この手足の短さじゃ本棚から落ちてしまう」
兄はそう言いながら手を振って窓を閉める。
そのまま静かにゆっくりと車が走り出した。
「まるでデートだわね」
ヤミは懐からチョコレートを取り出すとムシャムシャとやけ食いのようにかじる。
「デート?」
私は補給処の中に入りながら聞き慣れない単語に首を傾げた。
「ローカル同士の文化で、お互いを特別視している2人が人目を忍んで会うのよ。なんだかいやらしいでしょ?」
ヤミもよく理解していない様子であったが、少し機嫌が悪いのが見て取れた。私はまだよくわからず、はてな顔だ。
「じゃぁ私とヤミもデート?」
「違うわよ」
ピシャリと言いながらパスカードを扉に当てて認証ゲートをくぐると、長い廊下を通って私たちはとある一室にたどり着く。
「問題は山積みよ」
ヤミが部屋の中央に鎮座するカプセルのスイッチを入れると中には先ほど別れたはずの白喰セカイと全く同じ見た目の、髪の白い幼女が緑色の液体に浮かんでいた。
「議会が作ったと陳述してるんですってね」
「どこまでが本当かはわからないよ。確かに議会が作ったんだけど、セカイが"そう持っていった"可能性は十分にある。アマテラスに乗るためかとも思ったんだけど」
私はそう言いながらヤミの網膜に情報を送る。
「なにこれ。アルテマキナ・クレーが13ラボに?」
ヤミが驚きの声をあげる。
「クレーは未完成だけどデュアルコアだ。そう言うことかセカイ」
私はため息をつく。
「ただ、戦力が欲しいのは事実だよね。この子を起こしてみる?」
私は答えを出したく無いかのように
ヤミに問題を投げる。
ヤミも答えを出さずに未だ目覚めない
その少女の前でただ立ち竦む。
いずれ来る戦いの運命を彼女はまだ知らない。
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