第32話 さよなら(前編)

どうしてこうも、とんとん拍子に事が進んでしまったんだろう。これではまるで


北条遺伝子プールはいつも二位。


目の裏でフラッシュバックする。

数千年前のバビロンでの戦い。リリパットを動かして必死に火星の奴らと戦って、また戦って。まさに地獄。


そんな中いつもキルスコアで私よりひとつ上をいく静流遺伝子プール。戦争が終わり北条の遺伝子プールは大幅にその数を削減される。静流のプールも同じであったが、ラフィールの編成の時に静流の人間の姿は無かった。聞くと彼女はヒトを殺す以外の道を模索するテストケースとなったらしい。


私達はヒトを殺すためのヒトとして生まれ、その期待に応え続けた。両家ともに呪われた遺伝子、そう思っていた。


しかし・・・


「カノンさんのアルテマキナ、綺麗でしたね」


宴の席で隣り合った

静流ヤマリの笑顔はヒトを殺すものではなく。


嗚呼、私だけ。

私だけが。


はっと目を見開く。


私は瓦礫の崩れる轟音で意識を取り戻す。一瞬気絶していたか。目の前の敵に剣を握り直す。わかっている。本来なら静流の人間が扱うはずであったこのアルテマキナ・マガツ。私は次点でこの椅子に座っているだけ。単に運が良かっただけ。


「それでも」


私はマガツ特有の“尾”を使って跳躍する。敵は真紅の巨大な人型兵器。アルテマキナより一回りは大きい。巨人は軽々と手にした槌を振りかざすと、私を再び弾き飛ばす。まるでリーチが足りていない。


私は衝撃に血反吐を吐く。

最初の頃はできた光速機動ができない。

左足の骨格のねじれも再生しない。

衰弱によって劣化した

神経接続が弱すぎるのだ。


路傍に転がる私の機体を

私は起こすこともできずにみじろがせる。


「ここまでか」


観念して俯きかけたその時、短い空気の抜ける音と共に私のコアのロックが解除される。


見上げるとそこには月に照らされた人影。


誰だ?と声を発する間もなく


「ごめんなさい」


そう言うと彼女は私の胸に向かって3発、発砲した。私は衝撃に何も言葉を出せない。


そう、その顔は。

その顔は。


最期に満足の行くものを見れて私は目を閉じる。


「良かった。やはりあなたもこちら側だ」


彼女は虫の息の亡骸を引き摺り出し

シートに身を委ねる。


目を閉じて息をゆっくり吸って、吐く。

血の匂い。

それで良い。

でも・・・


「どうしてこうも、とんとん拍子に事が進んでしまったんだろう。これではまるで」


シズルは目を見開く。


「神様も"そうしろ"と言っているかのように」


蒼い薔薇の姿にも似た

アルテマキナ・マガツが立ち上がる。


新たな主人の血を吸うかのように

機体に力があふれ、

身体が再生していく。


優美な美しい青の装甲。

シェルターの天井が崩れ、そこから月の光が差し込み私を映し出す。悠然たるその姿に火星の真紅の巨人は突如跪き、こうべをたれた。

そして男の声。


「お待ちしておりました、姫」


シズルは表情を変えない。

振り向くがそこには誰もいない。

間に合わなかった。

誰も止めてくれなかった。


ここまできてしまった。


「姫は、やめろ」


蒼いアルテマキナは地面を軽く蹴ると、暗い縁を覗かせる宇宙へと飛び立った。

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