第31話 開戦

「信じられないかもしれないけど、議会が私に黙ってこの子を作ったのよ。だから、許せなかった」


セカイは未だ眠り続けるカプセルの中の自分の分身を見つめる。


「だから彼らの電源をカットした。でもこの子の電源は切ることができなかった」


私はそれに冷たく返す。

「そんな戯言を信じられるかな」


不意にセカイが私に走り寄り私の頬に手を当てる。


「こうすれば、信じられるでしょ、ユメ姉ちゃん」


セカイが私の唇に自分の唇を重ねる。

途端、シズルと繋がっていた中群体リンクは解消されセカイと中群体がつながる。セカイの思考が私に流れ込んでくる。しかし驚きの声をあげたのは逆にセカイの方だった。


「あなたは・・・?」


声を荒げてセカイが後ずさる。それとほぼ同時に激しい振動と爆発音が私たちを襲った。この建物が震えている。


「セカイ、外に出るぞ」


私は小さな小さなセカイの手を掴むと一緒に走り出す。セカイは走りながらも振り向き叫ぶ。


「あの子は!」


言いかけてセカイは口籠る。

私の思考が流れ込んだのだろう。


"回収班は手配済み"

"これが中群体か。だったらなぜあなたは"


その先を考える暇もなく私たちは建物の外に出る。


「シズル!」


私は声を上げるが返事はない。空は赤く照らされ、散発的な爆発があちらこちらで起きている。私は急いで通信機に手をかける。


「ヤミ、状況は?」

「ユメ。無事だったのね。最悪の展開よ。これを見て」


ヤミからリンク越しに送られてきた画像では宇宙空間にいくつもの光の点が見える。


「火星か」


セカイも割って入る。

「ローカルのデモを扇動していた組織のいくつかは、火星教の教会と裏でつながってる。オカルト教団じみたね。あいつら火星人を召喚するなんて寝ぼけたことをよく言っているけれど」


私は動揺する。

「それで火星人召喚はないだろう」


リンク通信越しにヤミが声を荒げる。

「あなた達気がつかないの?ヒントは揃っていたじゃない。火星から攻めてくるのはエイリアンなんかじゃない。ローカルパッケージの軍団よ」


私とセカイは顔を見合わせる。

「そうか、旧地球からの移民は」

「この星だけじゃなかったんだ」


ヤミは呆れ顔でため息をつく。


「恐らくこの星のローカルともどこかで接点があって、でも存在を隠すために伝承や神に準えて文献が保存されていた」


私はセカイの車に乗り込むと彼女を助手席に手招きする。


「先ほどの画像は第二陣よ。先鋒はすでに西地区で戦闘を始めてる」


セカイが通信機を奪う。

「また宇宙戦争を始めるっていうの?」


ヤミは深刻な顔だ。

「戦争・・・にすらならないかもしれないわね。西地区にはカノンさんが出てるけど歯が立たないみたい。シズルも招集してるんだけど、道中で連絡が取れなくなった」


私はアクセルに拍車をかける。


「セカイ、解除してもらうよ。アマテラスの凍結」

前を向いたまま声をかける。セカイは黙っている。セカイの長い黒髪が揺れていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※


計器類のごった返した暗い室内に

煌々と光るディスプレイ。

"火星の人型兵器"を操るその男は呟く。


「ようやくだ。ようやくお迎えに来れました姫様。ヒトでなきものからヒトを解放し、楽園へ導くべきあなたを必ずや我らの頂きに」


男は笑う。

笑いが堪えきれぬ。

よもや我が200年の短い人生でその機会を得ようとは。燃える街に巨人が立ち尽くす。

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