第30話 ファイアースターター(後編)

雪が降りしきる夜。


車が着くとそこには黒いコートのセカイがその小さな身体で寒さに耐えていた。私はシズルに入り口を頼むとセカイと2人で建物の中に入っていく。


「呼び出しておいてずいぶん遅いお出ましだわね、ユメ姉ちゃん」


彼女は寒さを堪えながら不平を述べる。


「ゲリラのようなデモ隊が多くてね」


もちろんその全てを"シズルの電気ノコギリ"で散らしてここまできた。とは言ってもゴム弾だ。死者は出てはいまい。


「少し降りよう」


建物の中は外観に反して広く地面をえぐるように深くなっており、その中心部まですり鉢状に階段が伸びていた。


「旧総督府ね」


流石にセカイは知っていたか。


「そうだ。だが機能が停止したわけじゃない」


私は最下層までくると地面のハッチを開く。重い金属のそれは埃を漂わせながら開くと、長い梯子を覗かせた。


「私が先に行くよ」


冷たい金属の手すりを掴み、少しずつその中に降りていく。しばらく使われていないだろう古い通路。電気もついておらず暗い。


私は壁を観察してライトのスイッチを探す。それを見つける前に、パチン、と音とともに電気がつく。セカイがスイッチを入れたようだ。


「こっちよ」


私はさらに廊下を進んでいく。"ユメちゃん、外は騒がしくなってきました"シズルが外の様子を伝えてくれる。


「ローカルの暴動隊は火星との最接近のタイミングを計ったと思うかい?」


私が聞くとセカイが答える。


「それは無いわね。でも、火星が近いからそういう気分になった、という所はあるかも知れない」


セカイは小さい歩幅で私に必死についてくる。


「ローカルの中には火星エイリアン信仰が根付いている地域が多いよね」


私の問いにセカイがうなずく。


「そうね。もはやある種の神として本気で崇めている人も多いわよ」


話していると私たちは通る部屋にたどり着く。

暗くてよく見えない中にビンがいくつも並んでいる。


「今回の事件はブレーカーが落ちただけよ」


そう言いながら私は一つめのスイッチを入れる。

ガチャンという重い音と共にビンに光が灯り、中に浮かび上がる脳髄があらわになる。セカイは微動だにせずそれを見ている。


「おはようアンダーソン」

「やぁ、おはようユメ」


電子音声で彼が答える。瓶の中はボコボコと泡が渦巻いている。私は次々とスイッチを入れた。


「おはようスワイガード」

「おはようチャンメイ」

「おはようカノスケ」


次々と彼らに挨拶を告げる。彼らはいずれも紳士的な挨拶を電子音で返す。その数実に13。


「おはようユメ。どうやらまた迷惑をかけたらしいね。すまない。」


表情の見えない脳髄が語りかける。


「いいんだ。長い付き合いじゃない」


「そうだね」


セカイは顔色一つ変えない。


「知っていると思うけど、これが議会の正体よ」「そうね。予想はついてたわ。議会の権限はローカルが握っている。その事実がローカルのみんなの心の拠り所だった」

「その結果がこれよ。この星を運営するにはあまりにローカルの命は短い」


私はそばに放逐されていた椅子に腰を下ろす。


「しかしその"永遠への抵抗"は、あなたのクラゲ化によってチャラとなった」


セカイが拳を震わせる。


「そんな事を言うためにここまで連れてきたの?」

「それならまだ良かった」


私は続けた。


「なぜ彼らのブレーカーが降りたのか」


セカイはびくりと身体を震わせる。


「少し待ってくれないか」


言葉で遮ったのは瓶の中に浮かぶ脳の一つだった。


「私たちは何も見ていない。ただ古いブレーカーが落ちただけだ。そうだろう?」

「その通りだ」

「私も同意する」


口々に、淡々と意見を述べる。


「それに、もう疲れた。頼むから"電気を消して"くれないか?もう少し眠りたいんだ」


私はため息をつく。


「好き勝手言うわね」


そう言うと壁際まで歩き、総電源に手をかける。


「良いのね?」

「構わないよ。何千年もの間、ありがとう」


私は電源を落とす。瓶を照らす光は途絶え暗闇だけが残る。その中でわたしは廊下の明かりを頼りに部屋の外に出た。


「ここのブレーカーを落とした人物がどうしてそう至ったか」


カツカツと廊下を歩きながら言葉を続ける。


「だいたい見当がつくわ」


セカイは黙ったまま

足が地面についたように動かない。


「どうしたの?いくわよ?」


私は彼女をうながし、一緒ともなって長い廊下を歩き出す。しばし歩くと、清潔感のあるエリアに廊下の壁はその様相を変えた。


「これよね?」


私が見やる先にはカプセルで培養されるもう1人の白喰セカイ。緑色に淡く光るその液体の中で長く美しい白髪がふわりと広がっている。


「これを作らせたのが誰なのか私は把握しかねる」


そこで目の前の彼女、白喰セカイを見つめる。


「ただ、アマテラスがなかなか帰ってこない件と無関係ではないでしょうね」


セカイは答えない。

静寂が支配する。


「これは接収するわ。ただ1人の妹よ。あなたも気になるでしょ?」


こぽりという泡の音がカプセルから聞こえる。彼女は未だ目を閉じて目覚めのときを待っている。

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