第29話 ファイアースターター(前編)

「よもやこんなに早くことが起こるとはね」


自分が事の発端であることが、

余計にセカイを苦々しい気持ちにさせていた。


ここは管制司令室。

大型モニターには各地の暴動の様子が映されている。数は多くないが、それでも通路を埋め尽くす波が如くとなりここに刻一刻と進んでいる。


「すでにセントラルの都市機能は麻痺してますね」

「ローカルばかりこんな数、どこに潜んでいたのやら」

「ここはセントラルですからね。人の暮らしはピンからキリまで、そりゃありますとも」

「数自体は我々全体からすればそう多くはないのです。焼き払ってしまえば話は早いのですが」

「しかしそうは行きませんよね。別に恨みがあるわけでも無いのですし」


口々に愚痴を零す塚ノ真のユメ、ユウキ、ユナ、ウメ、ナナ。


司令室のドアが開き、

黒い髪の塚ノ真ヤミが中に入ってきた。


「状況は深刻みたいね。ある事ない事、ローカル系の報道局が書き立ててる」


ヤミは手元のタブレットから司令室のモニタに記事を移した。"シンドレアの暴走、白喰セカイを刺胞体に強制的に改造か?" "シンドレアのパイロット塚ノ真ユメに議会暗殺疑惑" "白喰司令は洗脳により傀儡に。議会は停止。人間の希望奪われる"


身勝手な見出しが並んでいる。


「まぁ、わかっていた事よ。ユメは?」

「それが連絡がつかないのよ。報道の通り議会も沈黙してるわ。これはもしかして」


ヤミもため息をつく。


「まぁ、ユメならやりかねないけれど、それはないでしょ」


ヤミもそう言いながら顔は暗い。


「いったいどこにいるのよ、ユメ」


願うように彼女は呟く。彼女の目線の先にはモニタにカウントダウン。火星最接近の瞬間は刻一刻と迫ってきている。ふと、セカイの個人回線に呼び出しがかかる。


※※※※※※※※※※※※※


ここはシズルのセカンドハウス。小さな隠れ家だ。私は毛布から顔を出す。


「寒いね」


隣のシズルも寝ぼけ眼を指でこすっている。


「夜になりましたか。そろそろ行きます?」

「そうだね」


私は起き上がると服を着る。白いワンピース。シズルもいつもの白いセーラー服を身に纏う。


シズルは鉄でできた壁の一面をなぞると、そこがドアのように開き中から大量の銃器類が姿を表す。


「こんなに?」


私が驚きをあらわにするとシズルがにこやかに笑う。


「備あれば憂いなしなので」


シズルは軽々とその中からいくつかの銃器を表に停めた車に運び込む。


「セカイさんにいただいておいて正解でした」


高い車高と走破性の高い大きなタイヤ。いわゆるバギーに近いその車の荷台に最後に大量の弾薬を手早く積むと、シズルは慣れた様子で車を発進させる。


すでに発電施設までデモ隊の手が回っており、消灯時間前だというのにシェルター内は暗い。非常灯のみがポツポツと赤く灯っている。雪がちらついて、それが赤く照らされていた。


ある種幻想的な街に

私たちなら車は流れるように溶け込んでいく。


「72番通路まで閉鎖されているようですね。3桁の通路まで迂回します?」

「いや、先ほどもう連絡してしまったからね。お互いの安全のために最短距離で行きたい」

「なら80番くらいでデモ隊とかちあいますね」


シズルはミラー越しに荷台の火器を見る。

私はシズルの物騒な目線に慌てる。


「ちゃんとゴムとかあるの?」

「ゴム弾なら積んできましたよ。ユメちゃんならそう言うかと思いまして」


交差点を曲がる。武装したデモ隊はこちらに敵意を剥き出しにしてきた。


「いたぞ!塚ノ真だ!気持ちの悪いバケモノめ!」

「この人殺しめ!」

「議会を何だと思ってるんだ!人間でないくせに」

「白喰さんを返せ!このクラゲ野郎!」


などと好き勝手に怒鳴りながら

小銃を構えるものすらいる。


「耳が痛いよ」


わたしはため息をつく。


「いえ、あなたが気に病むことは一つもありません」


シズルは車を一旦降りるとガチャリと大きな音ともに火器を構える。人間では1人で扱うのも困難な、軽機関銃。スリング ベルトを介してシズルの肩にその重みがズッシリと伝わる。


高い金属音でベルトリンクを接続するとシズルは躊躇なくトリガーをひく。低い電気ノコギリのような駆動音と甲高い爆発の連続的な連鎖。


それお共に大量の弾がばら撒かれ、デモ隊を蹴散らす。


「だ、大丈夫なのかこれ?!」


私は慌てるが、

白いセーラー服のシズルは涼しい顔だ。


「静流の遺伝子プールには容赦という名の染色体はありませんよ」


尚も激しい斉射にデモ隊は散り散りになる。

シズルは何事もなかったかのように車に乗り込むと、ギアを手早くいじって発進させた。


「さぁ、急ぎましょう。"今夜は議会を殺す"んでしょう?」


事もなげに私に笑いかける。

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