第28話 冬の散歩道

地球、いやヤミに言わせれば木星のシェルター内は広大だ。複合都市用の巨大コアを用いても全てを暖房するのは難しいため持ち回りで気温を下げる“冬“をローテーションする。


ここセントラルとて例外では無い。空を見上げるとハラハラと雪がちらつく。既に自然光灯は消灯時間。こんな時間にどこに出かけようと言うのか。


私が指定された場所で待っていると車がそこに着く。黒いクラシックな電気自動車だ。運転席から顔を出したのはお兄ちゃんだ。


「待たせたな」


ぶっきらぼうだが少し声が弾んでいる。

助手席から手をあげて挨拶したのは自称9才の白喰セカイ。「ユメちゃん!」シズルが嬉しそうな声を上げながら私のためにドアを開けてくれる。


茶色いコートの私を乗せると兄の運転する車は滑らかに走り出した。


「セカイいくつクルマ持ってるの?」


私は呆れ顔で聞く。

先日乗せてもらったのは赤いクルマだった。


「3つよ。でもこれ以外はもう手放すかなぁ。自分で運転できないのならあまり面白くも無いしぃ」


セカイは自分の短い手足を伸ばして見る。確かにその掌はハンドルを握るのにはいささか小さい。それを聞いたシズルが前に顔を出す。


「なら、一つ譲っていただけませんか?こういうツールって非常時に使い勝手が良いので」


セカイは笑う。


「いいけど今時使ってないモーターだからランニングコストも高いのよぉ」


私たちは和気藹々とした雰囲気で車中を楽しむ。兄は以前から心得があるのだろう。慣れた様子でこの畳のように長く低い車体を街の中に滑り込ませていく。


辿り着いたのはスツールのさらに奥。豪奢な建物が聳え立つ一角だ。見ると大勢の人だかりができている。いや、よく見るとその大勢はほとんど私と同じ顔だ。


「ユメ様です〜!」

「きゃー冬服可愛いです!どこで買ったんですか?」

「見てくださいこれ、どうやってこの車体をレストアしたんです?」

「今度モーター音を録らせて下さ〜い!」

「司令、あんなに戦った後でお疲れじゃ無いんですか?」


口々に喋るのはユナ、ユイ 、ナナ、ユウキ、ウメ。塚ノ真遺伝子プールの科学者組だ。皆お揃いの白いコートに赤いベレー帽。私よりは幾分背が低く、今のセカイよりは幾分背が高い。


「雪が降ってきたじゃない。早く入りましょう」


黒いコートのヤミはフードを深くかぶって震えている。セカイは小さな足で積もりたての雪をキュッと踏み締める。


「先に入ってくれても良かったのよ?予約名は教えたでしょ」


ヤミは顔をしかめた。


「いや、別に怖かったわけじゃ無いんだ。ただスツールの最奥にあるこの金ピカの建物だろう?」


言いながらあたふたと周りを見渡す。


「まぁ、それも仕方ないですよね。私たちクラゲですし。ところで私も混ぜてもらって良かったんです?」


飄々とした口調でニヤリと笑うのは、モジャモジャした長い白髪の青年、北条カノンだ。兄よりは背が低いが、私よりはずっと高い。ちょうどローカルだった時のセカイくらいだろうか。


「いいのよ。打ち上げなんだし」


セカイは門をくぐってズンズン進んでいく。受付で生体認証をセカイが代表して受ける。


「ここは桜月楼。クラゲ的には非合法の"料理店"よ。せっかくだからご馳走しようと思ってね」舌足らずな口調だが、慣れた様子でみんなを振り返るセカイ。私は唾を飲む。


「ここがあの」


セグメントとして耳にしたことが何度かある。クラゲ社会では料理そのものがまともに存在しないため規格としては認められていないが、ここだけはその最高峰にして別格。クラゲにも水面下で多くのファンを擁し半ば公然の秘密として黙認されているという。


「噂では"議会"ですら足を運ぶ、なんてブラックジョークもあるわ」


ヤミの言葉にシズルは吹き出す。


「それは笑えますね」


ふと、シズルを見るとニコリと笑い返される。

私はシズルと中群体しているので考えがわかるのだが、少しびっくりした。シズルはここに来たことがあるらしい。“ローカルのお偉いさんとコネがないとなかなか来れないんですよ"だなんて。


しかし、まぁ、気がつくと確かに。セカイなんて"ローカルのお偉いさん"の最高峰ではないか。


「今日は貴方たち向けのを頼んであるから」


通された大きな畳貼りの部屋でセカイは小さな黒いコートを脱ぐと、すかさずダイチがそれをハンガーにかける。私もコートを脱ごうとするとシズルが後ろからエスコートしてくれる。ヤミはそれを見ながらウズウズと部屋をウロウロしていた。


「どうしたの?」

「こ、こ、こういう所って落ち着かないのよね」


ヤミは変な汗をかきながらとりあえず薄いクッションの上に腰掛けた。わたしは隣に座る。そのさらに隣にシズルが、その横にカノンが腰を下ろす。


「ヤミ、えっと、コートかけようか?」


私が回し慣れていない気を回しているとヤミはぶんぶんと首を振る。


「わ、わたしはこのままでいいや」


妙な弱点もあったものだ。覚えておこう。

しばしすると料理が運ばれてくる。私たちクラゲの食性に合わせて煮魚や焼き魚。少し挑戦で生の魚の刺身なども並べられている。


「こ、こういう感じかっ」


嬉しいのかなんなのかヤミが妙なテンションでよくわからない事を呟いていると、セカイが声を上げた。


「はい、それじゃあ今日は初の、シンドレアとラフィール合同演習という事で、1日お疲れ様でした〜!」


セカイが上機嫌でコップに入った麦酒を持ち上げる。私たちは静かにそれを見守った。

沈黙。

セカイはたまらず顔を赤くする。


「本当にもう、私が宴会を教えてあげるわ!」


彼女は杯を飲み干し

私たちはその様子に顔を見合わせて笑う。

平和な夜が過ぎていく。

外は雪が深々と降り積もる。

気がつけば今年も

火星が最接近する時期が近づいていた。

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