第27話 シンセカイ

「わーすごい記録更新ですー!」


管制室の大モニターを前に

塚ノ真ユイ が歓声をあげる。


「記録数値も大幅に更新してます」

ウメが計器類を見ながら記録を取っている。


「まだまだ行くわよ」


舌足らずな幼い少女の声で管制室に通信。

モニタに大きく映し出されているのはアルテマキナ・ケルベロス。カリバーンを手に次々と飛煌体を蹴散らしていく。


「まさか、落ちこぼれと言われた第8ラボのケルベロスがこんな形で真価を発揮するとはね」


手元の資料とモニタ数値を見比べながら、珍しく白衣を着たヤミが呟く。その顔は楽しそうだが、対する私はむくれ顔だ。


「なんつースピードよ。私たちが擬胎接続するより早いじゃない」


私は手すりに両手を組んで頭を乗せている。

機嫌の悪い私をなだめすかすかのようにシズルが傍で肩を叩いてくれている。ヤミは的を射たとばかりに私に向き直った。


「確かにその表現は適切だ。セカイはもともとローカルだから神経接続は脊髄接続を使っていた。それが刺胞体クローンの体となる事でポリプ接続が可能になったので脊髄型のゲートの開き方でそのままポリプを繋いでいるのかもしれない。つまり擬似的な擬胎接続だ」


嬉々として語るヤミに私は呆れ顔だ。

モニタの中では亜光速と常速を行ったり来たりする光の点が飛び回りながら剣を振りかざし、弓を放ったり誘導弾を撃ったりしている。


ケルベロスは聖マキナの中では“生物部分"であるポリプが極めて弱いのが特徴だ。大規模な存在証明と否定ができない落ちこぼれのマキナと呼ばれてきたが、ポリプの主張が少ないために逆に機械装備と相性が良かった。


そのための他のアルテマキナより数段機械部分が多く用いられておりアップデートが頻繁に行われている。だがその弊害で火器管制周りが相当な複雑さになっており誰も扱えないとまで言われていた。


「それがセカイと逆にマッチしたのか」

口から溢れた独り言にシズルが反応する。


「元からローカルは手先の器用さで操縦する方が多いですし、接続の強さと操縦技術を備えたセカイさんは心強いですね」


モニタの端に記載されていた数値の上昇が赤くなる。


「ランキング、入れ替わりです!」

塚ノ真ナナが興奮した様子で声をあげる。


「ダイチ君、一位は返してもらったわよ」


ふたたび管制室に響く幼女の声。

モニタに映し出されたコクピットに座るのは、足まで届くのではないかというほどの長い黒髪をたたえた小さな少女の姿。


左手をカメラに向けて突き出し

親指を立てている自称9才の白喰セカイだ。


「良いぞ、セカイ」


的外れな笑顔で親指を立てる兄、ダイチはどこか満足そうだ。私は思わず苦笑する。


「ヤミ姉、ラフィールに伝達して。模擬戦よ」


「あら、私の事もお姉ちゃん呼ばわりしてくれるの?嬉しいわ」


ヤミは上機嫌で誰かに連絡をとる。


「私だってアマテラスが動けばー!」


ジタバタと地団駄を踏む私をシズルが抑えつける。


「仕方ないわよユメ姉ちゃん。ケルベロスの艤装とアマテラスの調査はラボが違うんだから。ちゃんと並行してやらせてますぅ!」


セカイはべっ、と下を出すと通信を一旦切った。見ると灯台から新しいマキナが出撃する。アルテマキナ・マガツ。トゲトゲとした青い鎧の重武装が印象的だ。


「あれが、軍用のアルテマキナか」


私は唾を飲む。

ヤミが付け加えた。


「軍はもう何千年も出番が無いのよ。だから模擬戦の相手をお願いしたわ」


マガツはバビロン戦役後にシンドレアに対して、ラフィールと呼ばれる自衛軍が要求した軍用マキナだ。火星からの宇宙人の侵略に対してそれまでの超大型人形重機"リリパット"では何もできなかった軍にとっては、シンドレアのアルテマキナは喉から手が出るほど欲しかったものだろう。


「ただ一つの人を殺すためのアルテマキナか」


私の呟きにシズルが目を輝かせている。


「そうか」


私も気がつく。対人殺傷用の遺伝子プール。

静流遺伝子プールは世が世ならきっとあそこにいたのだろう。青い機体は滑るように死球の表層に移動する。


「セカイ司令、昇進おめでとうございます」


通信は柔らかい男の声。

お兄ちゃんに少し似ている。


「北条カノンです。今日はよろしくお願いします」


青いアルテマキナは剣を抜く。

存在否定用の光の刀では無い。

金属の物理刀だ。


「あぁ、貴方がカノンね。腕が立つそうね」


舌足らずな口調で相手を値踏みする。


「はは、貴方相手にどこまで通用したものか。お手柔らかにお願いしますよ」

「私もよろしくお願い申し上げますわ」


二つの機体が激しくぶつかり合う。

歓声がふたたび司令室に響いたが

私は大きなあくびを一つ。

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