第26話 Geister

それは夢か幻か。


闇の縁でただ2人、私たちはゲーム盤を挟む。私はふと気がついて周りを見渡す。長い黒髪がフワリと揺れる。


「ダイチ君とヤミは?」


向かい合うユメは笑いもせずに淡々と答える。


「より深い深度に移行したんだ。ここではあなたと私二人きり」


そう言って盤上のコマを動かす。先ほどまでとは違うゲームだ。何故だか私はこれがわかる。


「ガイスターか」


私は手元のコマを見やると、背中に青いマークのついたコマを一歩前進させた。背中のマークは相手からは見えない。


自分の赤いコマをわざと相手に取らせて、自分の青いコマは守りながら攻める。そういうルールだったはずだ。


「ローカルパッケージがクラゲになった例はないよ。理論上は可能とされていても莫大な予算がかかるし、成功例も無いしね」


ユメはコマを一歩前進させる。まだまだお互いのコマは離れている。攻撃する距離では無い。


「特例よ。自慢では無いけど私の"この星最強"という実績は議会も欲しかったんでしょう」


私もコマを進めた。

ユメとは反対側の比較的空虚な、

無難なところを攻める。


「セカイはローカルの中でもスペシャルだ。反抗派の中でも信望する人が多い。そんなセカイがクラゲになってしまう影響は?」


ユメはコトリと音を立ててコマを置く。

私が進めたコマに立ち塞がるように置かれたそのコマは、捧げられた生贄に見えるし、私の邪魔をするユメそのものにも見える。


果たしてあのユメのコマは赤か青か。

私は口を開く。


「それが本心?」


私は手に自分のコマを持つと、差し出されたコマを駆逐し自分のものとする。色を見ると赤だ。


「本心じゃぁ無いわね」


私はユメの顔を見る。

ユメはニヤリと笑う。


「セカイはいつまでも変わらないなぁ」


私はムッとして口を曲げる。


「ユメちゃんこそ、いつまでもそうやってお姉ちゃんぶって」

「それはそうだよ。私にとってはいつまでも可愛い妹のようなものだよ」


年の頃12くらいにしか見えない細身の少女は、そう言ってコマを進めながら上目遣い。さらには意地悪な顔をする。


「それとも、作戦部長はやはり"セカイさん"と呼んだ方が?」


神経を逆撫でするいつもの皮肉だ。


「それもやめてよ、もう」


私は息を整える。ユメのペースに飲み込まれてはいけない。


「ユメちゃんは、私と離れたく無い、とか思わないの?あと5年もすれば私は死んでしまう。いえ、それよりもっと前におばちゃんになっておばあちゃんになって・・・」


旧地球にして12年かかる木星の公転は、ローカルの私たちには長すぎる。悠久の時を生きるクラゲからすればまさにそれは一瞬の輝き。


「セカイと、ローカルの人たちはそれを誇りとしていたようなら見えるけどね」


ピシャリと

誰が見てもここしかないという

正しい位置にコマを進める。


いかにも赤といった取りたくないコマがこちらに攻めてくる。ユメの言う事は正しい。正しいが。


「今日はずいぶん意地悪ね」


ユメはふふんと笑う。


「最後に遊んでいるのさ」


ふつふつと、小さく呟く。


「何千年と『好き』やってて、それでも同じ遺伝子プールだから見守るしか無いと思ってたお兄ちゃんを、たったの2年そこらでローカルの小さな女の子にとられちゃうなんてさ」


わたしは聞こえないフリをしながら

逆サイドの赤いコマを駒を前に出す。


「ダイチ君は関係なく無い?」


赤いコマだが出口に近づけるハッタリだ。

これが青いコマなら一発逆転で勝てるのだが生憎と有利な位置に私の青はない。


ユメは私の甘いコマ運びをピシャリと相手がシャットアウトしてくる。


「でも、お兄ちゃんはセカイの成長するのを楽しみにしていた」


私は疲れが抜けたようにため息をつく。


「はぁ。兄妹そろって老いの怖さも知らないくせに」

「すまないね。不老で」


勝負も終盤に近づいてきた。


「深く繋がってわかったよ。セカイは"ちゃんとやらなくちゃ"ってずっと思ってたんだね」


ユメが最後の一手を打つ。

差し出されたコマ。

これが青なら取れば私の勝ち。

しかし赤なら取ってしまうと私の負け。


「セカイとずっと飛ぶのも悪くはないかも」


無表情のまま言うユメ。


「それは本心?」


私は迷う。

目の前の無表情なコマは果たして青か赤か。


「きっと本心ね」


私はそれを取る選択をした。

私のコマは相手のコマを駆逐する。

色は、青。


「ほら」


ユメはニコリと満面の笑みを浮かべる。


「嘘じゃないでしょ?」


途端にガラスが砕けるかのように

暗闇に包まれたこの空間が砕け散る。

そこに現れたのは見渡す限りの青い空。


遥か下方に赤茶けた木星の大地。

あっ、と悲鳴をあげる暇もなく

私はそこを落下していく。


風の音。私の髪が宙に舞う。


「癒着の最終段階が始まったみたい。これが私たちの見ている世界だよ、セカイ」


ユメも私と共に落ちながら風の中を舞う。

そして私に手を伸ばす。


「元に戻るにはアドレスを確立しないと。ヤミと同体である私にはパスがあるはずだよ。来て」


私は手を伸ばすがまるで届かない。

激しい風が私達を阻み、

地上はみるみる近づいてくる。


「ユメちゃん!」


私はあがきながらまた手を伸ばす。気がつくと私はパイロットスーツ。そしてヘルメット。これは20歳の時、私が英雄凱旋をした時の服。


「セカイ!」


ユメがさらに手を伸ばす。

みるみる私は時を遡る。


18歳の時にアカデミーに入った時の私。12才の時にユメと2人で強制稼働試験をした時の試験服。そうか、これはクラゲの逆行現象。若返り。


早く現実に戻らなければ私が消えてなくなってしまう。存在を。存在を証明しなければ。


「セカイー!」


なお甲斐甲斐しく叫び続けるユメに私は初めて会った時の9才の姿で思い切り叫ぶ。


「お姉ちゃん!」


私の小さな手をユメが掴む。

そして引き寄せた。

風の音と共にな光が私達を包む。


「きっと、これは夢。起きたら全部、忘れるさ」


耳元でささやくユメの言葉に

私は目を開けた。

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