第25話 Carcassonne

「それでこれは?」


私は赤いコマを平原に寝かせながら聞いた。暗い世界。私だけが浮かび上がるように存在している。


「あら、セカイは覚えていないの?」


いつから隣に座っていたのかヤミが暗がりの中で明るく浮かび上がる。彼女はタイルを一つおくと、道をつなげてそこに緑色のコマを置く。


少しづつ地図ができ上がる。

私は視界がぼやけてぼんやりとした感覚。


「俺もいるようだな、どうやら」


ダイチも私の正面に浮かび上がる。

彼はタイルを1枚引くとコトリと音をたてて城の絵を完成させる。「20点だ」ニヤリと笑って得点板を進める。


「これさぁ」


そう言いながら浮かび上がったのは白い髪の彼女、ユメだ。湯呑みから茶をすすってはぁ、と息をつく。


「みんなの夢繋がってない?」


そう言いながら教会のタイルを平原の真ん中に設置する。


「しかも何この儀式」


訝しがるユメを横目にヤミが、城壁の描かれたタイルを僻地に設置して誰もいない平原にコマを寝かせる。


「これはゲームね。カルカソンヌ。旧地球に存在した城壁都市がテーマのゲームよ」


ヤミの解説にダイチが驚く。


「何万年前のゲームなんだ」

「まぁ生きながらえさせようと努力する人がいれば途絶えずに続くものよ。セカイ、あなたのターンよ」


私は平原を広げるコマを置く。意識がボーッとしている。私は唐突に古い記憶が蘇ってくる。

「このゲームやった事あるかも」


ユメが口を挟む。

「言われてみれば思い出してきた。私とやったよね、確か?」


ヤミも横からしゃしゃり出てくる。

「私も。というかお兄ちゃんもやってたよね?」「そうだったか?」

ヤミの問いにとぼけながらコマを動かしていく。


城壁を手堅く揃えるダイチが一番高得点。

ユメは何を考えてるのかよくわからない、領地を他のプレイヤーとシェアするような置き方で、だが不思議と点が取れている。ヤミと私はそれぞれ平原を奪い合い足を引っ張り合う。


「さっきの話の続きだけど、セカイあなた覚えてないのね?」

「何を?」


ヤミの問いに私は首を傾げる。


「まぁ、目を覚ませば思い出すのだけれど、どうしようかな」


ヤミが思案顔をする。


「しかし、ずいぶん長い事こうしている気がしないか?」


ダイチが訝しげに話しかけながら抜け目のないコマ回しをしていく。大事な話で注意をそらしながら大胆にコマを運ぶ。コイツ、短絡的タイプかと見せかけておいてこういうゲームでは狡猾な面があるのか。私は驚きを心の底にしまいながら冷静を装う。


「確かに思考を辿ってもいつからやっているかわからないわ」

「まぁ、楽しみましょうよ。どうせ起きたら忘れてるんだし夢なんて」


ユメが言う。


「それがそうも行かないのよね」


ヤミが口を出す。みんなが顔を見合わせてヤミを見た。


「今、セカイの脳神経の中に刺胞体組織を入れてるところなのよね」

「ぁぁ、そうだったか」


私は思い出しながらヤミを見る。


「だからクラゲの私たちと共感してしまっている。これは初期段階の接続イメージが夢となって現れているのよ。正直このまま組織が定着するかどうかは現状で五分五分よ。そしてその成功率はセカイの思考と深く関わっている」


ヤミは道を閉じてコマを回収した。


「つまり?」


ダイチが答えを促す。ヤミはゲームに視線を落としながら淡々と答えた。


「この手術は議会も推奨してる。セカイをクラゲにしない限り、セカイはあと1年足らずでアルテマキナと神経接続ができなくなる。老化でね。だけど」


そこまで言ってからヤミは私を見た。


「セカイには口とは裏腹に迷いがあった」

「そうね。認めるわ。それにしても、まさか活性化の最中にも共感が始まってしまうなんてね」


私は肩をすくめた。


「今はまだ表層の部分だけよ。だけどすぐに深層まで組織は到達する。あなたはクラゲの一部になり大群体のために生きる。その生き方を受け入れられるかどうかが組織の侵食を拒むかどうかの生理反応にあらわれる」


ヤミは全て説明し終えると私の手元を見る。私はほとんど得点が取れていない。コマも尽きた。


「でも、心は決まったみたいだね」


私は肯いてダイチの方を見た。

彼も複雑な面持ちで私を見つめている。


私が口を開きかけた時、

それを遮り静かな

しかし場を遮る凛とした声。


「ダメよ」


3人が顔を見合わせてその声の主を見る。

塚ノ真ユメ。

誰もが困惑の表情。


「セグメントとして許可しない」

「ユメ、どういう事だ?」


ダイチが驚きを表すとヤミも続く。


「自分より優秀なアルテマキナ操者に早く消えてほしいから?」


皮肉も聞かずにユメは茶をすする。


「セカイっぽくないの」

「それだけの理由で?」


私も少しむっとして顔になってしまう。


「あなたは喜んでくれないの?」


つい口をついて出てしまう。

それは言わなくても共感でわかってしまったはずだ。この場の誰もがその私の気持ちを知っていたはずだ。


「どうしてもなりたいのなら」


ユメはことりと湯呑みを置く。


「私を倒してからにしてもらいます」


塚ノ真ユメは不敵に笑う。

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