第23話 いつかの姉妹(前編)

私は図書館で台車を押しながら

ずらりと並んだ背の高い

本棚の合間をすり抜けていく。


窓が開いているのか

風と光が二階の吹き抜けから

降り注ぎ心地よい。


手に取ったメモをもとに

本棚に貼られた番号札を探す。


目的なものを見つけると

巨大な本棚に備え付けられた

梯子を使って登っていく。


高い。少し怖い。

でも大丈夫、私はもう12歳なんだから。


自分に言い聞かせながら

大人の身長より高いところまで

行き着くと私は手を伸ばす。


よしあった、アルテマシナプス理論の指導書だ。

私は伸ばした右手でそれを引き抜こうとする。やけに重い。


ギッシリと詰まった本の量は、クラゲからローカルパッケージと呼ばれる私たち“人間"が何万年も書き足してきた情報の宝庫だ。


クラゲニンゲン達と違って私たちは記憶を共有する事も不老不死となって何万年も生きる事もできない。だから後に続く人に全てを託して書き記す。これは本能ともいえる欲求に根差したものなのだ。


その欲求により分厚くなった本を、私の悔しいが小さな手が一杯に広がり掴んでいる。それでもなかなか抜けない。足元の梯子がぐらつく。


「えぇい、もう!」


私は力を込めてぐいと引っ張る。

途端本はあっけなく外れて私はバランスを崩してしまう。


まずい、と思った時にはもう遅い。

落下。

しかし衝撃はない。


大きな背丈の男性に抱き抱えられながら私の長い黒髪が揺れ、銀の髪留めが音を立てて落ちる。


「ひっぐっ・・・」


私は涙目になりながらその人に抱きつく。

彼は優しい笑顔で口を開いた。


「図書館に行く時は呼んでくださいって言ったでしょ、セカイさん」


私は地面に足をつく。見たところ18歳ぐらいに見える身長の高い細身の男性。短い白髪を立てており、細長の目と合わせて少し攻撃的な印象を与える。彼は地面に落とした銀色の髪留めを丁寧にハンカチで拭くと私の髪につけてくれる。


「ごめん、ダイチ君」


私は涙声で謝る。ちゃんと謝れるのがいい子どもなのだ。と教わったから。2人の声を割って、高い可愛らしい声が響いた。


「全く、わからない事があるなら私に聞けば良いじゃない」


声のもとを見やると腕を組み、白い髪に白いワンピースをはためかせた少女がひとりテラスの窓際から見下ろす。


「ごめん、お姉ちゃん」

「セカイ、そろそろ身長も私と揃ってきたんだし、名前で読んでくれても良いんじゃない?」


そう言いながらその白い少女は降りてくる。私は戸惑いがちにダイチ君の顔を見た。もう私がシンドレアに通うようになって700日が経っていた。彼も口を開く。


「確かにもういいんじゃないか?」


私はうん、とうなづく。


「ユメちゃん」


私の戸惑いを含んだ呼び方に

彼女はニヤリと笑った。


私が目を覚ますとそこは暗闇だった。

夢を見ていたのか。

喉の渇きがひどい。

汗も少しかいている。


私は這うように冷蔵庫までたどり着くと

中から缶入りの飲料を引っ張り出して

一気に飲み干す。


私は途端に人恋しくなり

机の上に乱雑に置かれた資料を漁る。


「写真なんてこれくらいしかないか」


査問会用の資料の仏頂面の写真。

塚ノ真ユメ。


「ユメちゃん」


一人でつぶやく。

私は自分の手足と長く伸びた黒髪を見る。


写真の中の塚ノ真ユメは

まるで時が止まったかのように同じ顔だ。

私に取っては長い10年。


しかし彼女達に取っては

永遠の寿命のうちの

ほんの一瞬なのかもしれない。


そう思うと背中に寒気がはしる。

ダメだ。

あまり思いつめ過ぎると明日の仕事に障る。


しっかりしよう。

私はシンドレアの統括作戦部長なのだから。


「でも・・・」


私はふと机の上の備品ケースを開ける。

中には銀の髪留め。

少しくらい良いだろうか。

私は試しに髪につけてみる。

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