第22話 閑話休題〜おじゃまします〜

「それではこれにて閉廷とします。お疲れ様でした」ブザーが鳴ると査問官達が席を立つ。


「ありがとうございました」


私とヤミは踵を返し

誰も傍聴者のいない査問会を後にする。


「アルテマキナの死球への無断持ち出しにも関わらず、異例の早さだな」


ヤミが歩きながら訝しげにつぶやく。


「形式だけだよ。それがセグメントというものさ」


私は笑いながら手を振る。

セカイが迎えにきてくれていたのだ。

私たちはセカイの運転する車に乗り込む。


今の私たちの社会ではほとんどエレベーターやリフトでの移動が中心で、車両は整備工場などの一部でしか使われていない。セカイはやっぱり変わり者だ。


「ここは道が整備されてるんだね。珍しい。」


走るものはこの車しかない大通路を窓から眺める。


「機材搬出口の近くだからね。輸送のために工場ブロックからここまでは道らしい道が続いているわよ」


セカイも上機嫌だ。


「それで、名前は決まったの?」


横でそわそわしていたヤミが急に身を乗り出して口を出す。セカイはニヤリとする。


「今回は私は遠慮しとくわ。だからセグメントが何も言わなければマキナの命名権は開発主任であるあなたのものよ」

「やったー!」


ヤミが珍しくはしゃぐ。名前などつけて楽しいものかと私が思っているとヤミがこちらを気にするそぶりを見せる。


「私はなんでも良いわよ」


私は一応念を押した。


「で、何にするの?」


ハンドルを操作しながらセカイが聞く。ヤミは意気揚々と語り出す。


「よくぞ聞いてくれました。本当なら"ガヴリール"とでも名付けたいところですけどあの黄金の身体を見てそれも野暮というもの。というわけで名付けて"アマテラス"とします」

「アルテマキナ・アマテラス」


私は口の中で繰り返す。

悪くない。


「良いわね。まさに“シン"ってとこかしら」


セカイも気に入った様子だ。

私たちは工場ブロックの一角に車を止める。セカイが車の保管用に借りているセカンドハウスだろう。


「今からだと研究室に戻っても1時間くらいしか仕事できないわね。今日はやめにしてここで休んでいく?」


ヤミは手慣れた様子で先に短い階段を上り

セカイの家のドアに手をかける。


「そう言うからには見て欲しいものがあるんでしょ?」


セカイはウィンクする。

「察しがいいわね。そういうこと」


中に入ると私たちはリビングのソファに腰掛ける。セカイは冷蔵庫から缶入り飲料を取り出す。


「ヤミはコーラでいいかしら」

「DP社のやつがあればありがたいんだけど」

「あるわよ」


ローカルがやりとりしている規定外の食品だ。私は悪いことをしているようでソワソワしてしまう。「ユメは?」

「わ、私は水でいいわよ!」

「そうね〜あなた達はそうよね」


セカイはせめて可愛い切子硝子の器に水を注いでくれる。落ち着くとセカイは部屋の大型ディスプレイに資料を移す。地図と写真だ。


極秘だけど、と前置きした上でセカイが話し始める。


「ヤミが提出してくれたレポートの通り、信じがたい事に死球はタイムマシンという説で一応ケリはついているわ。その線で深部を調査したらそれらしい端末が見つかった」

「やはりそうか」


ヤミは口元に手を当ててディスプレイを注視する。


「このコンソールは古代語だね」

「そうよ。ここ2万年ほどで絶えてしまった。つまり私たちからしたら地続きで進化してきたにも関わらず古代文明の遺跡に等しいってわけ」


そこで私は気がついて声を上げる。


「死球、閉じるの?」

「ご明察よ。古代語はわからないことも多いけどどうしようもない訳でもない。何万年動き続けてるタイムマシンでもスイッチを切るぐらいはできるはずよ」

「それに、もしタイムマシンが操作できるなら世界滅亡の原因は探りたい。何が原因か分かっていないからヒントぐらいは掴めると良いのだが」


私は胸がドキンと高鳴る。

そう、滅亡の原因はヤミがうまく誤魔化してレポートを書いてくれているのだ。その上でなぜ私がこの星を滅ぼすに至ったかを調査できれば未然に防ぐこともできる。


「セグメントはいいとして、議会の意向は?」


ヤミが聞く。

セカイは缶入りの飲料を口に運んだ。


「議会は少しだけ死球に未練を残しているわ。あといくつかはアルテマキナの胚を回収したいみたい。並行してコンソールを調査。およそ半年をめどに死球を閉じて新しく"もっと近い未来"のこの星を現出させる計画よ」

「まぁ正解だろう。高座存在が地上に浮上しない理由は不明だが、事実上の縛りは何もない。"飛煌体や高座存在が地上に出てくるのではないか"という恐怖は今でも星全体に根強いからな」


私は水をすすりながら2人の意見に耳を傾けていた。そこで2人が声をそろえてこちらを向く。


「それで、セグメントとしての意見は?」

「異論ないわ」


私は静かにコップの水面を見る。

光が反射してとても綺麗だ。


「死球にはあと何回か潜れると思うわ。無いと思うけど、個人的に何か思うところがあるなら潜って置けるように手配する」


セカイはチラリとヤミを見る。


「ただしアマテラスは少し調査のために借りるわよ。2、3週間かしら」


「そっかー。じゃぁ私は休暇かな?」

「何言ってるの。その間は事務仕事をやってもらうわよ」


私はげっそりとした顔をする。

それを見てヤミは多いに笑い、

私たちの今日の夜はふけていく。

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