第18話 喋りたがりのレクイエム
ヒトには母なる星に憧れがあった。
その頃ヒトはおおよそローカルパッケージの方が主流であったと言う。彼らの憧れは特殊な歳の数え方やこの星の名前を地球と改めた事からも明らかで、それは今になっても続いている。
「木星の中心核はダークマターと呼ばれる暗黒物質だった」
ヤミの声のリンクはいつのまにかノイズの無い澄んだものになっていた。
「あの死球が?」
私は直下の黒体を見やる。
「いいえ。私たちはもうその中にいるよ」
「どう言う事なの?」
ヤミは上を向く。
私とは目を合わせないまま淡々と言う。
「この物質は与えるエネルギーによって如何様にもその素性を変える。空間や時間といった不可能な計算式さえも現体化させる。それを利用して作られた、これは巨大なタイムマシンなのよ」
「タイムマシン?なにそれ?」私
は聞き慣れない単語を鸚鵡かえししてしまう。
ヤミは自嘲気味に笑う。
「そうね。厳密に言えば違うかも。この“星を丸ごと使った機構"は入力された条件から導き出される世界を内部でエミュレートする。過去や未来に直接干渉できるわけではないわ。ただ、おそらくかなりの再現精度で過去、あるいは未来のどんな場所でもこの場に現出させることができる」
じゃぁ、あれは一体?私は黒い球体を見ながらヤミの言葉を待った。
「文献では最初にワールドエミュレーターが完成した時、ヒトが最初に行ったのは滅亡する前の過去の地球を現出する事だったわ。でも上手くいかなかった。私たちの何十万年にも及ぶ歴史の中で地球が栄えていたのはほんの数千年。その年代精度で地球を呼び出す事は不可能だったの」
ヤミのアルテマキナは私のハールートを守るかのように引き寄せた。
「彼らは何回も何回も過去の地球を現出させた。次第にワールドエミュレーターの動作コストにプロジェクトの意義が追いつかなくなった。そこでその理由づけのために資源回収の名目が追加された。スタークレーンという巨大なクレーンで"地球を引きずり出し"はじめた。」
「星を動かす?そんな事が?」
私は息を飲む。
ヤミは呆れるように続ける。
「聞いたことがないかしら?この星の地層ループは9層で閉じているっていう話」
確かにそうだ。つまりこの木星の土壌部分は、そのほとんどが旧地球を押しつぶして作られたものだと言う事か。ヤミはさらに続ける。
「星と言っても元の地球はこの木星と比べてとても小さいの。でも重力崩壊を制御できる技術があればこそだね。今の我々ではとてもかなわない」
ヤミは声色を一段落とす。
「さぁ、ここからが本番よ。ワールドエミュレーターの精度の甘さかミスか。誰かの人為的なものか。何故そうなったのかは今となっては誰もわからない。だけどこのワールドエミュレーターは最後に一つとんでもないものを現出してしまった。そして、恐らくそれを見た人々はその世界から目を背けこの設備を封印した」
ヤミは死球を見る。
私も眼下に広がる黒球に身震いする。
「それは?」
「あくまで仮説だけど私は確信しているわ」
ヤミは私の瞳を真っ直ぐにみる。
「あれはこの星よ。今より幾分か未来のね」
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