第16話 星海ラヴァーズ
時間が過ぎるのはあっという間。
言われたことだけやってたら
こんなのすぐに100年くらい経っちゃうわ。
私は頭の中で呟きながら暗闇にたたずむ。
狭いその操者席で瞳を閉じ独り瞑想する。
静寂の中で耳をすますと、最初は低く聞こえていた駆動音がだんだんとその出力を上げて高音へとシフトしていくのがわかる。
状況をモニタしている塚ノ真ユイやユナの報告や、それを聞いて指示をするセカイの声がインカム越しに遠くで聞こえる。
「細胞液電解濃度正常。制御できてます」
これは1番うっかり者のナナの声だ。
流石に緊張しているのが声からも伝わってくる。
「大丈夫。きっとうまくいく」
私は自分自身に短く返すと右手と、左手の操縦桿を握り直す。大丈夫、大丈夫。と、どこかでシズルがうなづいてくれたような気配がある。
「ユメ様、ご武運を。アルテマキナ・ハールート、起動します」
塚ノ真ウメの声に見送られて私は目を開ける。今やアルテマキナの駆動音は甲高い気持ちのいい響きをコクピットに満たし、光の粒子が私を、いや機体全体を包む。その光の奔流は驚くほど私と馴染み、ついに私に外の視界を与える。
耳にあたる風の音。突風が去ったようにそれが消えると世界は静かだ。ここは高空700メートル。青い空が私を包む。
私の目に入ってきたのはひたすらの砂漠。
そして瓦礫と見渡す限りの地平線に、ポツポツと点在する朽ちた無数の前世代兵器"リリパット"。
ここは第十三放置管理区域"バビロン"。
普段私たちがくらす首都のちょうど星の反対側だ。
少し昔、ほんの8000年前まではここで地球は火星人と戦争やっていたんだ。私はゴクリと唾を飲み、初めて見るその景色を見回す。
今回の"生体焼き入れ"のために用意されたあまりに広大な"地球半分"という大舞台。
私は辺りを見回す。
「セカイ、良いよね?」
あまりの静かさに不安になり、私はセカイを呼んだ。彼女は首都の管制室からこちらをモニターしている。
「良いわ。はじめて。お互いへの交戦、武力行使、そしてその結果として殺害したとしても許可します。これは議会決定事項。蘇生の確約もとったわ」「了解」
息をゆっくり吸い込み静かにリンクスタート。
さぁ私の漆黒のハールート、一緒にいきましょう。
私は神経接続を徐々に高める。
鋭くなった私の外感覚が、敵の気配をとらえる。
瞬間、上方から光と共に懐に飛び込んでくる純白の機体。
「マールート!」
私は相手の機体を両手で受け止める。
「どうやらハールートも稼働できたようね。遅いわよ」
ヤミの声がリンクで届く。周囲の瓦礫を跳ね飛ばしながら、そのままの超加速で大地に激突する。
「マールート、すでに音速くらいは出てますね」
数値観測していた塚ノ真ユイ が呟く。
「今回の聖マキナは相当なアタリのようね。ヤミ、ハールートも同じ事ができるはずよ」
セカイはわざとヤミと呼び私を逆撫でする。
大地にめり込みながらも、なおもマールートは力を増し、周囲の岩肌を"存在否定"によって崩壊させながらハールートを地中にめり込ませる。
「わかってるよ。その呼び方、やめてよね!」
私は思い切り両手の操縦桿を引く。
しかし相手の力なびくともしない。
これじゃダメだ。
最初から全部出し切る気で行かないと。
ヤミは気迫がまるで違う。
私は目を瞑る。
ハールート、大丈夫。今から反撃しよう。
私は目を開くと叫ぶ。
「マイスエミュレーター全開!」
私の機体から虹の光が迸る。
周囲のものを巻き込み
破壊しながら翼のようにそれを広げる。
「ハールート、神話模倣器が稼働!、係数7.0で安定しています」
ユウキのインカムを聴きながら私は相手を振り払い高く飛ぶと、虹色の帯を羽のようにはためかせマールートに叩きつける。
聖マキナと腐マキナの一番の違いはマイスエミュレーターの有無。神話模倣器が稼働するにつれ、聖マキナは限りなく神に近い存在に模倣していく。
「良いよ。それくらいできなければスタートラインにすら立っていないんだから」
ヤミの声。
見ると上方に太陽を背にして虹の光を撒き散らす。
「グングニル」
ハールートの周囲から光の槍がいくつも現れて私を貫かんと唸りを上げる。
「ハールート、私もやるわよ」
ハールートの手を振り上げ地中からグングニルを打ち上げる。あの虹光の槍は"存在否定"の塊。概念武装。2人の激突によって槍が周囲に撒き散らされ、大地を、廃墟を、そして雲さえも崩壊させていく。
「地形が変わりますね」
管制室でセカイの横で声をかけたのはシズルだ。
「そのためのバビロンよ。地軸固定器もまだ動いてる。例え星の半分が砕け散ろうとも重力崩壊には至らないわ」
セカイの冷たい顔は何だかいつもと別人のようでシズルは怖くなる。
「ユメちゃん」
シズルは目を瞑り祈りを捧げる。
白と黒のアルテマキナたちはすでに周囲のあらゆるものを破壊し、崩壊させた瓦礫は宙に舞い上がり、さながら波のようにお互いに押し寄せる。その合間を縫い、あるいは吹き飛ばしながらなおも戦いは続いていた。
52メートルを越える私たちのアルテマキナは軽々と宙を舞い時には音速を超えた機動で相手の裏をつく。
「ユメ。楽しかったでしょう。私の世界は」
リンク越しにヤミの声がする。
「私も楽しかった。あなたを恨んでいることばかりじゃない。だけど」
途切れ途切れの声。
「今は私のために死んで」
ひときわ大きくマールートが後退したかと思い、私はそれを反射的に追って前に出る。
「しまった」
気がついた時にはもう遅かった。
マールートが振りかぶるのは存在否定概念を圧縮した大剣。虹の光が溢れるそれを構えて逆に肉薄される。踏み込みに誘い込まれた。私は咄嗟に自らの脚で蹴撃を繰り出し、奴の手に当てて攻撃をそらす。
しかり、ぶちり、という嫌な音と共にアルテマキナの左足が千切れ飛ぶ。
「くっ!!」
神経接続を介して私に流れ込んだ痛みに顔を歪めた。しかし、本能的にわかる。
「逃げたら、死ぬ」
私は左手を突き出して気持ちを集中させた。光が集まり敵を弾き飛ばす。
「あれは?」
ナナが呆気に取られる。
「データにないわね。概念障壁、とでも名付けましょうか」
セカイが興味深げにコンソールを指でなぞる。
「うぅっ!」
その時セカイの横でシズルが膝をつく。
見ると額には汗をかき足が震えている。セカイは不思議に思いながらもシズルの頭に綺麗な緑色の花が咲いているのを見て納得する。
「あぁ、そういう事」
意地悪くニヤリと笑う。
「ユメ、呑気なものだよね」
マールートで尚も大剣で斬りかかりながらヤミが語りかける。
「何が!」
左手からの障壁で私は凌ぐ。しかし間に合わない。流れるようなフェイントにハールートの右の足首がまたも切り飛ばされる。
「ぐ・・!」
激痛が走り身悶えする。しかし気力を振り絞りその刀の振り下ろしの隙をついて、障壁を直接マールートの顔面にぶち当てた。
虹色の光がスパークし、私たちは2人とも激しく吹き飛ばされて空中の瓦礫に衝突した。
セカイから通信が入る。
「ユメちゃん、ヤマリちゃんが」
セカイの焦った声にシズルが割り込む
「良いんです。ユメちゃん、戦って!」
その通信とシズルから感じた痛みで私は全てを把握する。中群体を通じて私の痛みがシズルに流れている。いやそれだけじゃ無い。私より多くの痛みが流れているようにも見える。
「シズルっ!」
私がしゃべろうとしたその瞬間、再び光の奔流。いや、これはマールートの突撃だ。衝撃と共に私は首を掴まれ空高く打ち上げられる。そのまま、高くひたすらに加速していく。
「ヤミ!」
「ユメ。」
セカイが通信に割り込む。
「いけない、この星のプラズマシートの中に入るわよ!」
しかし高くなった高度は
既に空を黒の世界に変えていた。
星の海が広がる。
眼下に見えるは赤茶けた我々の星。
広がる静かさ。
「ユメ、ここならセカイの通信は届かないわ」
ノイズ混じりにヤミが話しかけてくる。マールートは手を緩め、2人で高軌道をただよう。
「どういう事?」
私は喉の痛みを堪えながら一言吐き出す。
「あなたがどう思ってるのか詳しくはわからないけど、白喰セカイを信じるなって事よ」
「セカイを?」
「私から言えるのはそれだけよ。もっとも、私があなたを殺そうとしてる事。そしてあなたが死ぬと連鎖的にシズルも死ぬ事。この二つは事実よ」
「そんな、私はともかくシズルにはもう遺伝子プールが無い」
「そういう事よ。全ては仕組まれている。誰かさんにね」
私は目の前の白い髪の私をリンク越しに見つめる。
「ヤミ、あなたは一体何が目的なの?」
「そんなの秘密よ。ただ」
少し俯いた後、涙がこもった目で私を見た。
「今日、私たちのどちらかは死ぬわ」
そう残すと慣性を失って私たち2人は絡まりながら堕ちていく。バビロンの井戸の底へ。
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