第15話 choo choo tonight!(後編)
「それでは、お疲れ様です〜!」
塚ノ真ドクターズ達の屈託のない笑顔に送られて私とシズルはシンドレア第四工房の研究室を後にする。見送ってくれた彼女達の顔には疲れた色の中にもそれぞれ満足感があった。
それもそのはず“双子のアルテマキナ“は本日殆どの最終調整が終了したのだ。本来なら色々手を尽くしてくれた彼女達にお礼の意味も込めて夕食でもご馳走してあげたいところなのだが時間も遅い。
何より、彼女達は後わずかに残った作業をやりたくてうずうずしている様子だったのでラボに残してそのまま帰路に着くことにした。
今日は彼女達は泊まりらしい。明日の朝には双子のカタワレは第五工房に移されて最終艤装が始まる。
「二つとも良いマキナになったね」
話しながらわずかな街灯だけがポツポツと灯る大通路を2人で歩いていく。
メインの自然光灯の消灯時間はとっくのとうだ。
「そういえば」
少し前を行くシズルが振り向いて尋ねる。
「今日はどうします?」
私は思案する。実を言うともう主幹エレベーターの稼働刻限は過ぎていた。
「まぁセカイのオフィスならソファがあるしこの時間いるだろうから泊めてもらおうかな〜と」
私は自分の計画性のなさを少し恥ずかしく思いながら苦笑いをする。
「それなら、私のセカンドハウスに来ませんか。この下の階にも一つ借りてあるんです。ほとんど使ってませんけど」
そう言ってまた私の顔を覗き込む。
「悪いような気もするけど。良いの?」
「大丈夫ですよ。その、ユメちゃんさえ良かったら」
シズルに背中を押されるように私は道を急ぐ。
シズルのセカンドハウスは一つ下の整備ドックの同階にパイロット特権で建てられたものだった。出撃で帰りが遅い時の寝泊まりを想定していると言う。メインの大きな通路から外れた少し細い路地に入っていった私たちは、かたわら小さな目立たないドアを潜る。
中は質素だが清潔で適度な広さの空間。そして入った途端になんとも言えない植物の匂いが漂ってきた。見るとその匂いの正体は乾燥させた植物を編み込んでできたパネルのような構造体。
「これ、畳ってやつ?」
私はおそるおそるその上に足の指先をつける。足の裏に感じたのは柔らかいような硬いような不思議な感覚。
私がそうしておそるおそる畳の感触を味わっていると不意にシズルがふわりと私に抱きついてきた。柔らかい感触とともに2人で畳の上に転がる。私の髪がふわっと散らばる。
「ユメちゃん」
シズルは吐息とともに私の耳元でささやき、その声に私はドキリとする。
「え?シズル?」
「ユメちゃん、匂いをかいでみてくださいな」
シズルはゴロンとそのまま転がり、私の横から顔を覗き込んだ。
「畳ってこうやって寝ると気持ちいいんですよ?」
私はすぅーと呼吸する。
「本当だ」
思わず笑う。シズルも一緒に笑った。今日の疲れも吹き飛ぶような明るい雰囲気。しかし突然、シズルは少し面映い顔になるとこう告げた。
「ユメちゃん、中群体しませんか?私と」
私は再びドキリと胸が強く打つ。
鼓動がだんだん早くなる。
「私は、ユメちゃんと"したい"って思ってますよ。ずっと」
私は急速に自分の顔が赤くなるのを感じる。シズルはさらに顔を近づけてくる。愛くるしい瞳が私の顔のすぐ前で見つめてくる。
「私は」
私は声を絞り出す。
何か、何か言わなければ。
でも恥ずかしくて声が出てこない。
「私は〜!」
耳が熱くてもう耐えられない。
ついに目を瞑ってしまう。
「私はちゃんと"感じて"ますよ?ユメちゃんがどう思ってるか。だから口で言ってくれませんか?」
どうして今日のシズルはこんなにいつもと違うのだ。私は頭が混乱して訳がわからなくなりながらも目を逸らして短い言葉をなんとか絞り出す。
「わかった。する」
不器用な返事を愛おしむかのようにシズルは微笑んだ。
「では、しちゃいますね?」
確認の後、わずかに私たちの唇が触れた。
お互いの遺伝子パスの交換。
これで私たちは"繋がってしまった"ようなものだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※
同じころ、白喰セカイのオフィスに一本の通信がかかってきた。セカイは片手で通信に応じる。
「はい、私よ。えぇ、そうね。順調よ。あの子達の頑張りもあってね。いい子達よ。あぁ、うん。明後日にはどちらかが死ぬことになるでしょうね。準備はいい?」
そこまでいって少し相手に聞き入る。
手には白い煙を出す巻きたばこ。
一息吸って口からまた紫煙をくゆらす。
「あぁ、名前?そうね。今回は私がつけたわよ。最近浮き足立ってるんだもの、皮肉を込めてハールートとマールートにしといたわ。いい名前でしょ?」
そう言って手元の資料の最終艤装案を見る。
黒いアルテマキナと白いアルテマキナ。
セカイはニヤリと笑う。
「そうよヤミ、あなたの願いが叶う日も近いわ」
時間は無情に流れる。決戦まであと2日。
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