第14話 choo choo tonight!(中編)

この星の地下格納コア、

死球に通じる隔離隔壁から下方180m。

まだ死球からはだいぶ距離があるが、

それでも強烈な重力が私たちを縛りつける。

油断すると私たちのアルテマキナも引きずり落とされそうなくらい強い力を感じる。


私は自分の機体を滑らかに飛行させ、アルテマキナの網膜ディスプレイに表示された集合ルートに機体の経路導線を乗せる。


辺りを見回すが瓦礫ばかり。かつて一体ここに何があったのか知るものはいない。180m帯は瓦礫の最も多い高度帯で、そこから下方に行けば行くほど雲が厚くなり、その下にの世界はまだ誰も見たことがない。


私は目を凝らして瓦礫の海の中から有用なものが無いかを探してみる。今回の調査任務で示された座標はハズレだった。せめて何か手土産でも無いものだろうか。


私が目を細めていると下方の雲の中にきらめきを見つける。


「ん〜。なんでしょうあれは」


すると私のすぐ左方に、甲高い機動音と共にアルテマキナ・マトゥリが合流してくる。


「あれはお兄ちゃんのミシェールだね」


すぐにリンクが繋がる。

見えるのは白い髪の塚ノ真ユメ。


「ヤミさん」


「良いよその呼び方で。シズルと私の2人の時はね」


ヤミはクスリと笑う。

思ったよりも印象は柔らかい。

ヤミはうっとりするような瞳で

下方のきらめく点を見つめていた。


「深度700m以上は精神負荷がかなり大きい。あそこまで行くのに3時間はかかるよ」

「そんなにですか」


私の素直な驚きにヤミは再び笑う。

「あは、お兄ちゃんの死球での最高活動記録は48時間よ」

「5日間も?!」

「それでもまだ死球の深部に到達したアルテマキナは無いわ。現状の精神隔壁では高座存在ーーこの世界の神とも呼んで良いそれーーとは接触するだけで崩壊してしまう」

ヤミは遠い目をする。


「そろそろ上がるわよ。シズル」

「その名前の呼び方、やめてください」

「そう。気に障ったのならごめんね」


彼女は私に背を向けると飛び去ろうと

虹の光を強くする。

私は口をついて言葉を繋ぐ


「いえ、やっぱり良いです。好きに呼んでください」


ヤミのアルテマキナが顔だけ軽く振り向いた。


「そう。ありがとうシズル。あなたも“この世界“をあなたなりに楽しんでくれているようで安心したわ」


光輪をたなびかせて飛び立っていった。

私は肩で大きなため息をつき

遠ざかるアルテマキナ・マトゥリを見送る。


「全部お見通しですか。これは食えないですね」


いつのまにか舌でペロリと唇を舐めていた。

私は帰還するとそのままシャワールームに入り、服を脱いで裸になる。


対汚染装備のモノクロームスーツは使い捨て。このスーツ自体が細かな単体細胞で構成されており、一回死球に入れば高度に応じて私の代わりに細胞が死んでいく。あそこは魂を吸われる死の世界なのだ。


「ご苦労様です」


私は回収箱に入れながら物言わぬスーツに一礼する。洗浄シャワーは特別な薬剤入りの洗浄液が噴射され、私に付着した死球物質を洗い流す。匂いが強くそんなに心地よいものではないが、それでも先ほどまでの死の世界の雰囲気を綺麗にしてくれるようで幾分か気持ちは楽になる。


私はシャワーを止めると身体を拭き、衣類を身につけていく。と、脱衣室の片隅の休憩エリアで簡素な浴衣を着たヤミが何かを飲んでいるのを見つけた。その浴衣はもともとユメちゃんが涼むときに愛用していたものだ。


「また黒い飲み物を飲んでいますね」


つい声をかけてしまった。思えば声をかけるのが少し早かったかもしれない。私もまだ薄着だった。


「ココア。ホットチョコレートに氷を入れて冷やしたものよ」

「ホットなんだかアイスなんだか」


私は飄々としたヤミの言い方に言葉を返しながら少し笑ってしまう。いけないいけない、と自分の頬をぺちんと叩く。ヤミは少し悲しそうな顔をする。


「そう敵対心を剥き出しにすることも無いと思うけどね。セカイが変わらずに私を使ってくれてる理由も考えてくれるとありがたいが」

「それはあなたがセグメント権を持っていったからしょう?」


ヤミは少し悲しげな顔になった。


「痛いところを突くな。そうだとしたら寂しいんだが。まぁ良い」


彼女は俯く。小さな体に濡れた髪から滴が落ちている。みると髪は少し灰色にかかっているか。私は彼女を追い越してツカツカと自分のロッカーに戻ると、新品のタオルを一つ出して彼女に渡す。


「髪、もっとちゃんと拭いてください。ユメちゃんの身体で体調崩されても困るので」

「ありがとう」


ヤミは受け取るとタオルを頭にかける。表情は見えないが心なしか少し嬉しそうにも見える。


「あなたたちやはり生物焼き入れをやるつもりかい?驚かなくて良いよ。基礎理論には私の論文も入っているのだから」


私は顔から驚きを出してしまったが、ここまで来ると秘密という訳にもいかないだろう。


「そうよ、ユメちゃんの事よろしく頼んだからね」


ヤミに告げる。どういう意味か彼女はすぐにわかったのだろう。


「やはりシズルも気付いているか。あなたは存外、食えない人ね」


ヤミは残りの液体を飲み干すと立ち上がる。


「あなたの方も、ユメをよろしくね」


そう言って去っていった。

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