第12話 狼煙に火をつけろ

「それで、どうやって主任を殺すかなんですが」

塚ノ真ユナが淡々と切り出した。


「いや、いきなり物騒なんだが?」

私は思わずツッコミを入れてしまう。

構わずウメが口を出す。


「でも、とりあえず元の身体に戻るっていう方針は良いんですよね?」


その言葉に私は目を丸くする。


「戻れるの?」


すると水を得た魚とばかりにユイ達が喋り出す。


「さすがに生きているユメ様と主任の中身を入れ替えるのは私たちでは骨ですが、片方が死んでいるなら話は別です」

「純Sの個体は必要性が認められて存在していますから、亡くなった場合確実に新しく作出した同個体にバックアップ記憶を入れたクローンを作るはずです」

「そちらに割り込みで今のユメ様を入れて、今のユメ様の体に主任を戻すならそう難しくはありません」


本当にそんなに上手くいくのだろうか。しかしこれが本当なら。


「そのためにはやはり」

「あのユメちゃんを殺す、と」


私とシズルは顔を見合わせる。

考えたこともなかった。


「できればアルテマキナの中で絶命していただくのが好ましいですね。神経接続された状態なら私たちも細工しやすいので」

「そんな限定的な状況が整うかな」


私は言葉を濁らせる。


「それが整うんだな。私の力を借りれば」


私たちだけの研究室のはずが、背後からかけられた飄々とした声。私は振り向くとそこには白喰セカイがいた。


「セカイ?聞いていたの?」

「それだけじゃない、ちゃんと私も気がついてたわよ」

そう言ってウィンクする。


「ただ、正直私としてはあなた達の中身がどちらがどちらでもあまり変わらないとは思ってるわ。ヤミはとてもいい子だし、あなただってヤミの世界も気にいると思う」


セカイは以前からヤミの事を気にかけていたらしい。


「それもわかるよ。これは私のわがままだ」

「髪だって、チョコレートやめれば白くもどるわよ」セカイは付け加えた。


「それでも私は、アルテマキナに乗り続けたい」

「神を作る仕事をヤミに押し付けても?」

私は口を開いたがそれ以上言葉が出てこない。


「セカイさん、あまりユメちゃんを責めないで」


シズルが間に割って入る。

そして私の頭を優しく撫でる。


「ユメちゃんも今は滅入っているのよ。わがままを通したい、でもヒトが傷つくのも嫌だ。そのどちらも取りたいくらい、わがままなのがユメちゃんなんだから」


セカイはひとつため息。

「わかってるわよ、ヤマリ・・・まぁ今回はこっちも訳ありよ。本気で殺ってもらって構わないわ」


セカイは手元のコンソールを叩くと研究室の大窓のシャッターがゆっくり開いていく。


「統括部長、あれを見せて構わないんですね?」


機械の駆動音の中で塚ノ真ナナが問う。


「構わないわ。むしろ直近の解決課題。そしてこれができるのはあなただけかもしれない」


シャッターの向こう側から姿を現したのは巨大な2つの人影だ。


「聖マキナが、2つ?」


セカイがうなずく。

「そうよ。これは第62隔離胚。コア状態で600年の間反応を示さず休眠状態に入っていたの」


ゴボリと泡が立ちのぼるその赤い液体に浮かんだ、異様な二体を私は見上げる。


「ところが200日前突如として覚醒し、胚が二つに分化した。まるであなた達に呼応するかのようにね」


シズルが唾を飲み込む。


「双子の、アルテマキナ」

「そうよ」


セカイが水槽に近づいてガラスに手を添える。


「これは1万年に及ぶアルテマキナ開発の中で唯一の"双子のアルテマキナ"なのよ」


まるで私たちのようだ。

私も背中に寒気を感じる。


「その後200日という超スローペースをかけて増殖し、そして今このタイミングで完成を見た。そして最後の仕上げが」

「生物焼き入れ」

そこで塚ノ真ユイが言葉を継ぐ。


「アルテマキ開発の今までに無かった工程です。全く同じアルテマキナ、全く同じ操者がもし用意できたら、お互いの存在否定を掻き消し合いながら概念装甲を磨き上げる事ができる」


ユウキも言葉を繋いだ。

「今までは机上の空論でした。でも今なら議会も納得するはずです。そのためには」


ユウキがセカイを見るとセカイも深くうなずく。


「えぇ。そのためには純S個体をリバイブさせるコストくらい安く見える。それを費やす覚悟でやる価値のある偉業だと、そう捉えられるでしょうね」


私は背筋がゾクゾクする。


「本気で相手の概念を否定するほど、概念装甲を研磨する効果がある。それこそ相手を殺すぐらい本気でってことか」


光を取り戻した私の眼差しに、セカイは強い意志を持った瞳で見つめ返す。


「そうよ。やるかやらないかはあなた次第」


私は黒色の髪をかきあげた。

アルテマキナは何も語らない。

ただ私を見下ろすのみだ。

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