第11話 人生の荷物の運び屋

ずらりと揃った見知った顔。あるものはバツが悪そうに苦笑いしながら、そしてまたあるものはニヤニヤと意地悪な笑いを浮かべながら並んでいる。


私と同じ顔達の面々に

私は大きくため息をついた。


「私たちも知っていたわけではないんですけど、今言われるとやっぱりねって感じなのですよね」


塚ノ真ユウキが答える。


「主任は私の絵は簡単に褒めたりしませんしね〜」


ナナがそれに拍車をかける。


「そうですね、それにユメ様はちょっと主任にしては抜けているというか〜」

「そうそう、ちょっとおっちょこちょいでしたよね」


塚ノ真ドクターズが口々に好き勝手に喋りだす。

私の横でシズルはキョトンとしている。意を決して私がヤミの皮を被ったユメだと告白したらこれだ。私も脱力してしまう。


「わぁ〜ぉ!」


皆の後ろでウメが声を上げる。


「主任からメールがきましたー!『ユメとこれからは中身を入れ替えることにしたからそっちはよろしく。仕事サボらないように』との事です。意外と軽いですね」


身を乗り出してそのメールの文面を読みながら

私は仰天する。


「一体どういうつもりなのアイツ〜!」


私はついに感情が爆発し、子どものように空虚に手を振り回した。


「とにかく、ユメちゃんに危害を加えるつもりは無いようですね。文字通り“ユメになりたかった"という事なのかな。だとすると何か企んでるというよりは目標はすでに達成?」


シズルは思案顔のままさらに続ける。


「しかし現にそうなってしまっているので難しい所なのですが、中身が入れ替わってしまうということはあり得るのでしょうか」


シズルは私の顔に近づき、息のかかりそうなくらいの近くで私の目をじーっと見た。


「まぁ普通は無理なんですけどね〜」

「ユメ様と主任は基本的には同一人物ですので」

「そうそう、200日前までは同じ個体ですからね」「そこから無性生殖で"クローン分化"してますから、差分は200日だけですからね〜その間の記憶と人格だけ交換したのでしょうね」


代わる代わる白髪の塚ノ真の小娘たちが説明してくれる。

「ユメちゃんが気絶してから起きるまで、ほんの4時間ほどしかないもんね。ヤミさんは以前から準備を進めていたとしか思えない」


シズルは私の髪を触る。黒い髪の触感を確かめるように。私はまた何度目かの大きなため息。


「幸いヤミのアカウントもアドレスもサーフハウスも全部健在だし、私の記憶も整ってる。つまり塚ノ真ヤミとしてならここでずっとやってく事も可能だけど・・・」


私は自分を振り返る。正直今までヤミの事は全く考えてこなかった。"分化"されたのも議会の意向でほぼ強制的にコピーを取られただけだし、ヤミに出会ったのも数日前に一回目があっただけ。最初私はそれがヤミだと気がつかなかったほどだ。


その間、私は好きにアルテマキナを操って、お兄ちゃんを追いかけてシズルと笑って。私の世界はそれで全て。


「だけど、ヤミはずっと私を知っていた」


今日私が朝起きてから感じた"ユメ"への憧れ。嫉妬。ヤミとして感じた空虚さ。寂しさ。それはおそらく全て本物だ。200日前の私の気持ちを思い出す。灯台でお兄ちゃんをお迎えした時。あそこまではきっと私たちは1人だった。ならお兄ちゃんと一緒にアルテマキナに乗ってまだ見ぬ地獄を駆ける事に一体どれだけ心を焦がれるか、1番わかっているのはこの私だ。


私の頬を汗が伝う。

今まで私だけのお兄ちゃんだと思い込んできた、

そのツケを払わされている。

私は体温が冷えるのを感じた。

指先の感覚が徐々に希薄になる。


「何考えてるか大体わかるけど」


そっと私の手を握ってくれたのはシズルだ。

すうっとゆっくり息を吸った。


「もっとわがままなのがユメでしょ。しっかりしなさいよ」


そう言ってぺちりと優しく私の頬を叩く。

私は堪えてきたものが我慢できなくなって、

ついに涙がこぼれた。


私はわがままで自分の荷物を放り出した。

放り出した荷物を拾って歩いたのがヤミだ。

そして私に追いついた彼女がまた

その荷物を私に渡そうとしている。

もともと私の荷物なのだ。


「そうね」


私は泣きはらした声で絞り出す。


「私はわがままだから」

涙を袖で拭う。そうだ、だからこそ。


「どんな手を使っても、ヤミも、私もわがままを通す」


私は泣きじゃくりながら上を向いた。

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