第13話 choo choo tonight!(前編)
『私たち刺胞体クローンはヒドロ虫の性質を強くチューニングされたヒトである。ヒドロ虫は群体を形成する生物で、ポリプと呼ばれる単体が集まって形成されている。
ポリプはそれぞれの役割を個別に持つ。手に配置された個体は指が生えて指に。口に配置された個体は穴が開いて口に、と言った具合に、私たち刺胞体クローンは単体がいくつも組み合わさった状態で普段生活している。
これを最も小さい単位での群体という意味で“小群体"と呼ぶ。小群体は必要に応じて無性生殖を行なって数を増やせるが、私たちの体はそれが制限されており勝手に増えることはできない。私たちは社会的なルールに基づいて各遺伝子プールが管理されており、計画に応じて無性生殖により必要な人員を必要なだけ生み出す。
郵便配達員が亡くなった時には郵便配達に特化した遺伝子の小群体が、戦争が始まった時は兵法に特化した遺伝子の小群体が生み出されるというわけだ。私たちの体は目に見えない僅かな範囲で成長を続けるが、成長が一定に達すると有性生殖用のポリプ花を頭に咲かせる。
有性生殖数は社会的にコントロールされている。情報も統制されているため多くのクラゲは花が有性生殖用である事すらも知らない。花を咲かせた時期から一定の時間を使って刺胞体クローンは若返りの期間に入り、目に見えない範囲だがポリプが若返りを行う。
これを繰り返すことによって刺胞体クローンは老化するという事はなく、自然死を迎えないまま半永久的に生きる事ができる。』
私はパラパラとページをめくる。ヤミのデスクはかなり乱雑で、メモやら図書やらが山積みになっていた。その中で何の気無しに本を一冊手に取ってみたのだ。
私たちクラゲは根っからの本嫌いだから、こうやってローカルパッケージの記した本を集めて読みふけるあたりヤミの並々ならぬ努力が感じられる。
部屋を見ると私と同じ顔に白髪、白衣の塚ノ真ドクターズたちが巨大なホワイトボードを囲んで、あれでもないこれでもないと"双子のアルテマキナ"の設計プランを立案しては消し立案しては消し、プランニングシートをやりくりしていた。これはセカイからの宿題だ。
と、その時、ついに1人油を売っている私を見つけて塚ノ真ユイが声をかけてきた。もちろん、他の塚ノ真の娘達もその呼水に続く。
「ユメ主任、暇なんですか〜?ちょっと手伝ってくださいよ〜」
「本当だ〜暇そうだ〜!」
「電装の系統図書いてるんで手伝って下さ〜い!」
「PRS試験の結果なんですけど、見てください!」
「ユメ様せめてお菓子持ってたらくださ〜い!」
塚ノ真の純A型クローンシリーズの塚ノ真ユイ 、ユメ、ユウキ、ウメ、ナナが口々に話しかけてくる。私の隣でちょこんと座るシズルも苦笑いだ。
「あ〜もう1人ずつ話してよ〜」
私は耳を塞ぐ。
「仲が良いんですね」
シズルはお茶をすすりながらニコニコと5人を見た。
「そりゃーもう!」
「5人よらば文殊の知恵、ヤミ主任にも負けません!」
「私たち中群体作ってますので〜チームワークはピッタリです」
「思考も並列接続で脳馬力は5乗もいいとこです〜」
「我ながらそれは言い過ぎでは?」
ワイワイと口を開くだけで賑やかになる。
シズルは再びお茶をすすって息をつく。
「中群体ですか。その割にはよく喋られますね。中群体組んでる方々はもう少し寡黙な方が多い印象ですが」
「私たちはほら、なんと言っても声が可愛いですから」
ナナは自慢げにふふんと鼻を鳴らす。聞いたシズルも思わず笑みが漏れる。
中群体とは私たち個人のヒト単体ともいえる"小群体"と、我々の種である刺胞体クローン全体ネットワークが作る"大群体"との中間に位置する群体でいわゆるローカルネットワークに例えられる。
大群体は全体の意思を統率する緩い感覚で、私たちが普段感応派でお互いを感じ合って緩やかに記憶や感覚を統合、共有しているわけだが、中群体になるとその情報結合密度は桁違いである。
今考えたことは愚か、お腹が空いたというような事細かな感情や、過去の記憶さえも互い感じ取れるようになってしまう。それ故に隠し事も何もできなくなるため、お互いの同意の下でごくごく親しい間柄でのみ交わされるマイナーな私たちの機能なのだ。
「そういえばヤミちゃんは私たちと中群体組んでくれなかったですね」
ユウキが寂しそうにポツリと呟くと場がシーンと静まり返る。
「ヤミにもいろいろあるんだよ」
私もポツリと呟いた。
「それじゃぁユメ様、私達と中群体組みます?」
ニコリとユイが笑って明るい空気を取り戻す。
私たちも笑った。
「いや、私は良いよ」
そういうと今まで静かにお茶を飲んでいたシズルがこちらを向き直り「あら」と口を挟む。
「それじゃぁ私と組みます?2人で中群体」
きゅるんとした大きな瞳で私を覗き込んだ。
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