第9話 黒胡椒の甘い日々(後編)
黒い宝石をパクリと一口。
舌がビリビリと痺れ
脳が直接殴られたようにガツンとくる。
舌の上でとろけた後は
至福の蜜の滑らかさで口の中を征服してゆく。
「ん〜やっぱりチョコレートは最高ね」
私ははしゃぐ。
「あら、今日はやけに機嫌が良いじゃない」
「そう?」
私と白喰セカイはセカイの個人デスクでチョコレートとお茶をいただく。
「ほんと、かなりローカル寄りよね。あなた。ユメとは大違い」
「どういう意味よ?!」
私は少し機嫌を悪くするがこの口の甘さの前ではどんな怒りも長続きはしない。
セカイはさすがは統括部長の立場にいるだけあって広い執務室をもらっており、2人でついくつろいでしまった。セカイの入れてくれる薄めの紅茶もとても素敵な香りを放つ。勲章やらトロフィーが並ぶシックな色合いのその部屋には、一端に不釣り合いなほど大きな窓がありドックのアルテマキナがよく見える。
「しかしエレトが手傷を負うなんてね」
私は窓から見えるアルテマキナ・エレトを横目で見た。胸に大きな刀疵が抉られている。
「お兄ちゃんは怪我無いんでしょうね?」
私は思わず怖い声になってしまう。
セカイが笑う。
「そんなわけないでしょ?殺したって死なないわよ、ダイチ君は」
そう言いながら窓に近づきガラスに指を添える。
「格下の敵相手に少し近づきすぎてたわ。ユメちゃんが少し怪我をしたから、ちょっと頭に血が上ってたのかな」
「いつも冷静なお兄ちゃんが?」
私は目を丸くした。いつもぶっきらぼうで寡黙なあのお兄ちゃんがそんなに感情を露わにするとは。それとともに少し照れてしまう。
「まぁ、よほど妹のことが大事だったのね」
セカイはまた笑った。しかしすぐに怜悧ないつもの顔に戻る。エレトの損傷は意外と深刻だ。
「せっかくだから所感で良いわ。聞かせて」
アルテマキナ技師の私の意見を求めてくる。
「そうね」
私はガラスにおでこをくっつけてあちこち観察してみた。胸の損傷はコア下部を操者ギリギリでえぐっている。その際に背面の頸椎が傷ついているかどうかが、復帰スピードを左右する肝の部分だ。
「傷は派手じゃないけどピンポイントね。このくらいならアルテマキナの強靭な単体ポリプはすぐつながるわ。だけど、いったん培養液に入れたが最後、強靭なポリプが内部まで癒合したらコアと頸椎のデリケートな修復は難しくなるわね」
「やっぱりそうか。偉い人と同じ意見、パーフェクトだわ」
「私を試したの?」
またむっとするが、漂ってくる紅茶の香りに私はまたしても彼女を許す。
「ごめんごめん。私としてはあなたの事も気になるのよ。ユメちゃんと同じくらいね」
こう何度もユメの名前を出されると少し反撃もしたくなってくる。
「あらあら。2歳にもなってないのにお姉さんぶる気?」
私の切り返しにセカイは飲みかけの紅茶をむせ返す。ゴホゴホと咳をつきながら言い返す
「22歳よ!文化よ!尊重しなさい〜!」
「ローカル伝統の数え方だかなんだか知らないけど、まどろっこしいわね〜もう」
私は時計を見る。
いけない、もう随分と仕事をさぼってしまった。
私はセカイにお礼を言うと
盛り沢山のチョコレートを隠しながら
自分のデスクへの帰路についた。
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