第7話 ぼくらのウォーゲーム(後編)

「画像は5分前のものです。目標は第七スツールから降下後真っ直ぐに領事館を目指していますね」


指揮所のオペレーター塚ノ真ユキが巨人の歩行する映像を各々のアルテマキナの中に流しながら手早く状況を説明する。


「目標はおそらく先代のローカルパッケージ代表が残していた和平憲章ね。それを破壊されると協調路線の象徴は揺らぐ・・・か?」

セカイは少し疑問に思う。


「いや、揺らがないな。それだけのためだとしたらあんなものまで用意する理由がわからない」

私の兄、ダイチも思案を巡らせる。


「ユキさん、地図を」

シズルの声かけに即座に第七階層居住区の地図が表示される。

「領事館はフェイクですね。目標はおそらくここです」

彼女が指差す先は基軸通気エアダクトがある。星の下層から成層圏まで突き抜ける巨大な通気口だ。


「仮にここから細菌兵器をばら撒けば、星単位で私たちを殺すことができますね」

「細菌兵器?」


私は聞き慣れない単語にキョトンとする。


「ウイルスという繁殖力の高い微生物ですよ。私たちクローンはクローンであるがゆえにどうしても感染症に対して弱いところがありますから」

「即死、とはいかなくても深い傷を負わせられるでしょうね」


セカイも苦悶の表情をした。


「そこまでの事態ならもはや猶予はないな。やはり俺がエレトで焼き払う」

「そうね。星の人口全体と第七の半分ほどなら第七区の犠牲はやむなしか」

「ふうん。ならエレトの起動を急ぎましょう」


私はさらっと折れた振りをした。


「でも聖マキナの起動には時間がかかるわ。どうするの?」


セカイの方を見る。


「そうね。可能なら貴方達で20分ほど時間を稼いでもらえると助かるわ」


シズルは顔を伏せた。私の厚顔さに思わず笑いが出たらしい。


「時間稼ぎだから、ここにある装備だけでやってもらうわ。大した装備じゃないけど足止めには使えるはず」


武器はいつもの投鋲器と、多少の大小はあれどやはり投鋲器。まぁないよりマシだろう。私はアルテマキナの手にそれを持って立ち上がる。


シズルのアルテマキナもさらに続き、巨大な発進ハッチに向かって歩き出す。


「時間稼ぎって言ったけど、当然倒しちゃっても良いのよね」私は振り向く。


「ダメよ。聖マキナの因果否定消滅ならともかく、ただの爆散ならウイルスが撒き散らされる可能性もあるわ。逆にそれが狙いかも」


私は肩を落とした。

「んもーまどろっこしい敵ね」


私はリンクを集中させる。ここなら死球の外だから理論上はニューロもかなり高い接続数値を出せるはずだ。私のアルテマキナの背中から虹色の光が放出され始める。身体が熱い。


「では。アルテマキナ・マトゥリ、塚ノ真ユメ。行きます」


私のアルテマキナは急激な加速でその場を飛び立った。


「アルテマキナ・サハウェ、静流ヤマリ。行きます」


シズルのアルテマキナがすぐ後方から飛行して追いかけてくる。灯台から市街地まではそう遠くない。程なく私たちは街の中心部に到達した。


「ひどい・・・」

「巨人の通った後が瓦礫の山になっていますね」

その巨人は近くで見るとやはり大きい。52メートルあるアルテマキナのさらに倍と言ったところだろうか。これは投鋲器でどうにかなるものじゃない。

「ユメちゃん、これを見てください」


シズルが敵の画像を一部拡大して私のリンクに回してきた。


「腰にターレットが増設されたJ型のようです」


シズルは続ける


「背中にある鉄塊は殴打に使える剣です。あれだけで刃渡りが100メートルくらいありますから注意してください」

「それでエアダクトに風穴開けようってわけね」「おそらくそうでしょうね。基軸エアダクトはこの管区に住むヒトの要ですから」


シズルはそう言いながらスムーズに地面に降り立つ。


「ここからは走りましょう」


そう私に告げて走り出した。巨人には及ばぬもののそれでもアルテマキナは巨大だ。建物の間に滑り込むようにして足を進ませる。


私たちは陰に回り込みながら接近していった。

シズルは障害物を背に様子を伺う。既に巨人の息がかかりそうな距離だ。


「シズル、私に案があるんだけど」


足音が大きく響いてくる。その度に足がすくむほどの振動が2人を襲った。大きな音に遮られながら伝えると、


「そうね、それで行きましょう」


シズルもうなづく。


「時間が惜しいので行きます。セカイさんとうまく連携を」


シズル機は跳躍するとそのまま虹輪を展開して飛行態勢に入る。気がついた巨人がシズルを向いて身構える。


私は奴に気がつかれないように、しかし高速で逆方面に走り出す。


シズルの持つ長銃身のライフル銃が高い銃声を一つ放つ。どうやら狙い過たず肩のセンサーを一つ破壊した模様だ。


「とは言えリリパットの持つセンサーは計68個。少し骨が折れますね」


後退しつつ落ち着いて1発ずつ確実に狙撃を行う。しかし今度はハズレ。

巨人は反撃とばかりに背中の刀を抜き、大きく跳躍した。その巨躯に見合わない跳躍力でシズルのサハウェの上に大きな影が被さる。


「セカイ、聞こえる?二つ頼みたい事があるの」


私はセカイと連絡を取りながら、大型のリフトレールの上を通って90度方向を変える。私のマトゥリの足に蹴られて地面から機材が爆ぜるがコレも非常事態、致し方ない事だ。


巨人の振り下ろした刀は建造物をなぎ倒し、つぶてが巻き上がりシズル機のバランスが崩れる。巨人が斬撃をくりだすたびに周囲の巨大なはずの建造物は粘土細工のように粉砕され、煙があたりを包み込む。サハウェがいくどめかの斬撃を避け、ビルの上に降り立った。シズルは痛みに顔を歪めながらも私を見る。そう、準備は整った。


「まずひとつめ」


私はやっと辿りついた領事館の祈念公園に飾られている式典用の巨大剣を引き抜く。


「セカイの"カリバーン"、貸してもらうよ」

「私の剣!?」


白喰セカイは目を丸くする。そう、それこそ彼女が第九次死球戦役にて超大型飛煌体を撃破して勝利をもたらした伝説の刀。今は機能の大半を失っているが。


「コイツを倒すには十分よ!」


白と青の極薄の単分子装甲板、そして金の装飾によって補強し彩られた美しい大剣をなんとか構えた。

私のアルテマキナの足が地面の基板を割りながらめり込む。それもそのはず、これは本来聖マキナでしか使えない超重装備なのだ。


「二振り目は無い。私がそもそも振り下ろしたこの刀を持ち上げられないし、この刀もたぶん一回バーストを使ったら自壊する」


「セカイさん、二つめのお願いが・・・」


オープン回線で司令部に届いた今度の通信は静流ヤマリだ。話している間にも私のアルテマキナは大地を蹴って走り出す。一歩ずつ、しかし確実に加速をつけていきながら。


「本気で言ってるの?天井ブロックをぶち抜くわよ?」

「良いんです。その方がエレトも戦いやすいはずです」


セカイとシズルの声が聞こえる。巨人は刀を大きく振り上げる。私とは真っ向勝負の形。私はリンク係数を跳ね上げる。虹の光が噴き出すように溢れさらに超加速を私に与える。


「おうらー!いっちゃえー!」


できれば膝を狙いたかったが、向こうのほうが振りが圧倒的に早い。上から叩き潰される。


「だ、だよねー」


私はすかさず左足を引いて対空姿勢。振り下ろさずに刀で受けて出た。受け止めた瞬間強烈な衝撃が襲う。ここだ。このタイミングで。


「バースト!」


私が引き金を引くとカリバーンは轟音と共に装甲板が破裂する様に展開する。液体金属によって支えられたそれは一種の振動衝撃を相手に与え、一瞬の隙を作った。途端に激しい爆音。

それは私たちの作戦が成功したことを意味する。


「こっちが本命です」


煙に紛れて接近していた地を這うシズル機が、建造用の杭打ち機を巨人の膝に打ち込んでいたのだ。最も体重が大きくかかる、振り下ろしの踏み込みのその瞬間に。


バランスを崩した巨人が轟音と共にその巨躯を横たえる。これが最初で最後のチャンス。私は息を吸う間も無く叫んでいた。


「セカイ!」

「あーんもう知らないんだから!ぽちっとな」


刹那、地面が迫り上がる。

周囲の建物も全てなぎ倒し、破壊しながら

都市区画の一角が四角いブロックとなって

急上昇している。


「この区画がまだこの星の1番外だった頃の名残ですね」


ブロックから転がり落ちながらシズルが呟く。


「その頃と1番違うのは、屋根がある事だな」


通信にノイズ混じりで入り込んできたのは

塚ノ真ダイチの声だ。


「お兄ちゃん!」


私もブロックから転がり落ちながら叫ぶ。


「屋根をつきぬけるわよ!」

「了解した」


セカイの呼びかけに応えるダイチ。

屋根をつきぬけるとそこは漆黒の空間。

あたりには白い建材が無数に漂っている。

星空と、そして遥か遠くに母なる太陽。


巨人は宇宙を漂いながら太陽を見るが

すぐに影に阻まれる。

太陽を背に腕を組んで立っている有翼の人影。


「ここからは俺が相手だ」


塚ノ真ダイチのアルテマキナ・エレトが

その虹輪の光を煌めかせた。

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