第6話 ぼくらのウォーゲーム(前編)

頬を汗が伝っていく。

拭いたくなるが、いや、そんな事は後だ。

私はアルテマキナの指先に神経を集中させる。


「こんなことになるなんて」

「ええ」


リンク越しにシズルが答える。


「私たちの初の正式任務なのにね」


機外は200度の高温にさらされている。

シズル機が照らす臨時照明の下で

私は巨大なフライ返しをひっくり返した。

すると巨大なハンバーグの

こんがりと焼けた焼き目が姿を表す。


「私たちは一体何をやらされているのだ」


そこにセカイからの通信が入る。


「いやーごめんごめん。議会からの依頼で断れなくてさ」


私は大きなため息を漏らす。

そもそも事の発端は食肉プラントの基板ブロックが緩み、星の所有するハンバーグ調理システムが傾いたために巨大フライ槽の中に大量のサカナのすり身が陥没してしまったことに由来する。


こう見えても実は近々の食量戦略の中核を担う素材であったらしく、少しでも有効利用するためにアルテマキナを使ってでもこのハンバーグの魚肉を救出せよ、との議会の勅命が下ることとなったのだ。


事実これを廃棄してしまうと食糧難になるブロックが出てくるらしい。


「しかしこのハンバーグ、ちゃんと火は通ってるんでしょうね?」

「引き揚げさえすれば後はドローンが来てなんとかするそうよ」

「へぇー」


香ばしい匂いを放つ肉塊をマジマジと見つめる。魚肉ハンバーグは私も好きな食糧だ。しかしセカイに言わせればこんなものはハンバーグとは呼ばないらしい。どうせまた彼女はスツールにある闇レストランで違法な肉を使ったハンバーグでも食べているのだろう。


本人以外は匂いですぐにわかる。しかし皆気がつかないフリをしている、暗黙の事実だ。


だがそれも仕方ない。この星では原則として水産プラントで水揚げされた海産物のタンパク質しか正式に許可されていないからだ。その原因は地上家畜の非衛生さと防疫学からの観点による禁止だ。


しかしこの地上家畜の食肉禁止がローカルパッケージには意外とこたえるらしく、今でもブタだのなんだのの肉にはかなりの憧れがあるらしい。


それに対しては私たちクラゲも実働としては限られた範囲で黙認してきた事実があり、こうした“星式には許可されていないがローカルに対してのみ黙認されている文化”を寄せ集めた集落が自然と形成された。


それが各生活階層エリアの中二階に位置する隔離スペース、いわゆる"スツール"と呼ばれるそれである。


スツールには基本クラゲは生息しておらず、ローカルだけの世界が広がっているらしい。私は興味がないので行ったことが無い。


「は〜終わったわ〜。機体の洗浄槽まで上がっていいです?油ハネがすっごいので」


私はあまりの暑さに思わずパイロットスーツの胸元を開けて空気を通す。セカイはといえばクーラーの効いた部屋で呑気なものだ。


「いいわよ〜ご苦労様!」


その横からシズルが口を挟む。


「上昇しながら食事とってもいいですか?朝から何も食べてなくて〜!」


カメラに大きなお弁当箱をちらつかせる。確かにここから洗浄槽までは上昇一直線、ながら運転するだけの長い直線ではある。


「いいわよ〜事故らないでね」


かくいうセカイも一息ついて黒い液体を口に運ぶ。あれはコーヒーというものらしいが正確には合成して似た味にした紛い物。コーヒー豆を生産するのも禁止されているらしい。彼女いわく"無いよりはマシ"程度のものだそうだ。


話は戻すがこのように世間はクラゲの生活様式に合わせて形作られており、ローカルは少し肩身の狭い思いをしている。


だからどうしても居心地の良いスツールに引きこもってしまうのは当然だろう。セカイのようにスツールの外に出てクラゲの世界で働くのはごく一部、さらに認められて一級の上級職に就くのはさらにその一部だ。


私は機体を上昇させながら常備している魚肉ソーセージをかじる。持ち込んだ音楽ディスクをかけてみる。


「あ、それミハマ・フーティの新譜だね〜良いよね〜それ」


リンク越しに耳に入ったのかシズルが声をかけてきた。みると彼女はお弁当箱に詰まった蒲鉾と竹輪をもりもり食べている。お弁当箱の蓋には海苔がこちらも山積みになっており、それもバリバリ食べている。どうやら彼女の髪が黒いのは海苔の影響のようだ。よくよく見るとその黒は確かに僅かに緑がかっている。


「みんなが良いって勧めてくるのを"感じた"から、というか特に塚ノ真ドクターズなんだけど。私も聞いてみようかなって言ったらウメちゃんが貸してくれたんだよね」


確かに緩やかな旋律はどことなく癒される。


「いや〜本当、音楽と絵はローカル作のものの方が断然強みを感じる」


私はそんな事を言いながらむしゃむしゃとソーセージを食べ終え、ニュースサイトで今朝のニュースをチェックする。


ふと、気になった記事を見つけて手を止める。これは、と思って口をつぐみかけたがやはりどうしても気になってしまう。


「第七スツールはもうだめかな?」


私は今度こそ意地悪でも皮肉でもなんでもなく

素直にそう聞いてみた。

第七スツールはセカイの故郷だ。

つい1年前までその小さな世界を心の支えとして生きてきたはずだ。


ローカルの独立運動はごく稀に発生するが、その度に交渉で好条件を勝ち取っていて実際の暴動まで発展するケースは少ない。しかし第七スツールは特にその運動が盛んで中々鎮火の気配を見せないままここまできていた。


「そうね。ちょうど今頃、一応形だけの調印式が行われているはずよ。そこで調印しなかったらその時は・・・」


セカイは暗い顔だ。

彼女はローカル一番の出世頭だから

彼女の成功が民族の優位性を取り戻す

鍵になるだろうと過激派が

活動している事を知っている。


本人も承諾せずに象徴にまでされている。

無論、そんな事はクラゲ側は議会から

赤子に至るまでわかっており

白喰セカイを非難するものなど誰もいない。

彼女が今の椅子に座っているのが良い証拠だ。


だが本人にとってはやはりそれは

喉に刺さった魚の骨のようなものだろう。


私とシズルのアルテマキナは上部甲板までたどり着き、ガードロックを解除してシャワールームに着座する。


外は町外れの白い塔“灯台“と呼ばれる建物だ。

ふう、と一息つくと共に、爆発音のごとき轟音が遠くから響いてきた。


やはりそうきたか。

私はシートベルトを外さずにシズルに目配せする。


「セカイ、このまま急いでシャワー出して。すぐアルテマキナを出すことになるかも知れない」

「わかったわ」


セカイも同じことを考えたのか即座に放水が開始された。柑橘系の香りと共に機体についた調理油が流されていく。その間に目の前にはずらずらと装備が準備される。


私はニュースチャンネルをいろいろと探して情報がないか調べた。こういう事は意外と民間の方が早かったりする。


あった。街の一区画、第七スツールから聳え立つのは超巨大な人影。煙が立ち上っていて全体像はわからないがビルなどゆうに越す巨躯がそこにあった。


「なにあれ?動くの??」


私がキョトンとしているとシズルが声を上げる。


「これは2800年ほど前までは稼働してた宇宙兵器よ。まだ動くなんて」


セカイは呆れ声で淡々と説明した。


「ここから見てちょうど地球の裏側くらいまで行けば結構転がってるわよ。旧戦争地帯は何千年もほとんど放置してるから。しかしよく運び込んだものね」


まるでバカバカしいとも

言わんとするかのような疲れた顔をする。

それはそうだろう。

第七スツールの交渉の結果がこれとは。


「私たちが出る?」


私が聞いてみる。セカイは渋い顔だ。


「シンドレアは死球の調査機関であって鎮圧組織では無いわ」


私の兄、ダイチも通信からすかさず話に加わってくる。

「しかし、あれを鎮圧できるだけの装備がこの街にはない」


忌々しげにセカイもうなづく。


「私かダイチ君の聖マキナを出せばすぐに決着は着くでしょうね」

「だが聖マキナが出れば街の大半は消滅するな」


ダイチが遠慮なく核心をつく。

続けてシズルも口を挟む。


「それに、アルテマキナ・エレトやアルテマキナ・ミシェールではちょっとシンドレア代表のアイコンが強すぎますよ。今後の活動がやりにくくなるのでは?」


ダイチのアルテマキナ・エレトもセカイのアルテマキナ・ミシェールも、私たちの中で英雄視されて久しい。そんな正義の塊みたいなマシンで粉砕してしまっては否が応でもローカルが悪の権化と映ってしまう事だろう。


いや、実際は私たちはそこまでは思わない。厳密には残ったローカルパッケージの面々が"そう思われているのではないか"と気にするのが後々面倒を残す。


「ならやっぱり私たちの出番ね」

「正気なの?対人戦闘なんて私は愚か、ここにいる誰もやった事ないのよ?」


私はへへんと鼻を鳴らした。

自慢げな顔で彼らに告げる。


「いや1人いるよ。ここに専門家がね?」


そう言ってシズルの方を見た。

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