第5話 はじめまして

ずらりと並んだ見知った顔が

どれもニコニコしながら

あるいは照れ笑いを浮かべながら整列している。


「ユイです」

「ユナです」

「ウメです」

「ユウキです」

「ナナです」


お揃いの白い髪に白衣を着ている。


「いやーこれはまた」


私もまた照れ笑いをしながら同胞達を見つめた。

ここは研究室だからある程度は覚悟していたが

よもやこんなに塚ノ真遺伝子プールの出がいるとは。

純A型なのでほとんど私と同じ顔だ。


「いやー今日は会えるのを楽しみにしていました!」

「そうですとも!ひゃーやっぱり純S培養はお肌の白さが違います!」

「ユメ様は私達のエースですからね!」

「死球での活躍も見ていました!とても良いデータが、けふん」

「これからもたくさん良いデータをお願いしますね!」


息が合っているのかいないのか

それぞれ好きに捲し立てる。


私は深いため息をつきながら先ほど部屋に来たばかりのお兄ちゃんに助けを求める視線を送る。兄はたははと申し訳なさげに笑っていた。


「知らなかったのか?」

「なんとなく感じてはいたけど、もっと少ないかと・・・」


私が困り果てているとセカイが間に入って塚ノ真ドクターズを引き剥がしてくれる。


「何言ってるのよ。ここは死球の最高研究機関シンドレアよ。人材は最高のものを集めれば、それは"塚ノ真"さんは多くなるわよ」


もともと塚ノ真シリーズはアルテマキナ操者としての技量を評価されて遺伝子プールに登録されたわけではなく、研究者あるいは政治用。

私や兄のような個体は例外中の例外だ。


「ヤミ、あなたは良いの?」


セカイは部屋の隅でお菓子をかじっていた

もう1人に話しかける。


「私は良いわ。興味ないし」


見ると黒い髪の私がそこにいる。

遺伝子自体は白髪で固定されているから

定期的に染色しているのだろう。

もしくはかじっている真っ黒の

お菓子が関係しているのかもしれない。


どちらにしろ、私との差異をわざと出そうとしている事がすぐにわかる。そうでもしたい理由にもすぐ思い当たった。そう、この子は私と同じ純Sのプールから生まれたのだ。


「塚ノ真ヤミ」

私はその名を反芻した。

「塚ノ真ユメ」

相手も口の中で私の名前を飲み込む。


お互いわずかな時間見つめ合い

どちらともなくすぐ目を逸らした。

私はゆっくりと気がつかれないように

唾をゴクリと飲む。


その時部屋のロックが解除される

空気の音とともにか細い声が響いた。


「静流ヤマリです。入ります」


私はすかさずドアに駆け寄った。


「ヤマリ、ごめんね。こっちに来てくれたんだ」「? はい、少し用が・・・」

「そうよね、ごめんね遅くなっちゃって、一緒に行きましょう」

「ユメちゃん?」


ヤマリはうまく私を感じてくれたようだ。

2人でそそくさと部屋を出る。


私たちは長い廊下を無言でツカツカと歩いていく。

と、やっと緊張の空気が抜けて

私は大きく息を吐き出した。


「はぁ。。。はぁ。。。」


大きく息を吸う。

胸の高鳴りに荒い息が治らない。

心配げにヤマリが私の肩を抱いてくれる。


「大丈夫?ユメちゃん」


私は息をなんとか整えて大きく深呼吸をした。

なんなのだあの憎悪は。

私に対する強い殺気と言っても良い。

同じ遺伝子プール、同じ群体であるのに

こんなに明確な敵意を向けられたのは初めてだ。

どうやら私個人にかなりの恨みがあるらしい。


「なんなんだろ、アイツ・・・」


顔から滲み出た汗を拭う。

さも事情通といった具合に

静流ヤマリの舌が饒舌に動いた。


「塚ノ真ヤミ。研究チームのリーダー的存在だね。塚ノ真らしい塚ノ真、とでも言ったらいいのかな。やっぱり天才らしいよ。出生予定はなかったんだけど、ユメちゃんがアルテマキナの操者に志願したから研究チーム行きの人材が足りなくなって補填で生まれたみたい」


私は今日何度めかの大きなため息をつく。

思い当たる節が大有りだ。

しかも、事情から察するに

記憶のバックアップは私のものを

そのやま使っている可能性が高い。


「私の兄弟姉妹なんてものじゃない。私自身か」


普通は純Sのクローン同士は

そう鉢合わせになるものではない。

そもそも純Sのクローンは一体出生するのに

莫大なコストがかかる。

自然と絶対数自体が非常に少ないのが常なのだ。


「良くも悪くも、特別な私だから起きた事か」

「居心地、悪くなっちゃった?」


静流ヤマリが気を使って私の顔を覗き込む。


「いや大丈夫。同じ群体で敵意を向けられる事なんてほとんど無い事だからびっくりしただけ。ヤミも群体の一員なんだから、きっと大丈夫だよ」


私は自分に言い聞かせるように

口からその言葉を押し出した。


「そう」


ヤマリは私の複雑な気持ちを感じ取ったのか渋い顔をしたが、これ以上は私の問題だという事はわかっているのだろう。それ以上は何も聞かなかった。


「ありがとうヤマリ」私は素直に礼をする。

「ええ」


彼女は少し考え込むような仕草をした後

意を決したように切り出した。


「ユメちゃん、お願いがあるの」


私は今までにない友人の神妙な声色に身構える。


「私の事、シズルって呼んでくれないかな?」

「どうしたの一体?」

「うん」

静流は一呼吸おいた。


「どうやら今回のダイブの一件で静流遺伝子プールは取り潰しになるみたいでね。確かにここ千年くらい成果出せてなかったから」


静流ヤマリは立ち止まってうつむく。

私は彼女の心中を察した。静流レイリが結果を出せなかった件がやはり決定的だったのだろう。


「じゃあレイリは?」

「レイリちゃんは再生はしない方針みたいなんだよね。だから個体としては私が最後の一単体に、なるのかな」

途切れ途切れの言葉。


「そうか」

私はかける言葉もなく場が静まり返った。

「シズル」


私は彼女の名前を口の中で噛み締める。


「大丈夫だよシズル。君が成果を出して新しい遺伝子プールの親になれば良いじゃない」


笑いかける。

顔を上げた彼女は泣きながら笑っていた。


「できるかな?」

「できるよ」


シズルは涙を手でぬぐいながらまた笑う


「でも私が親になっちゃったら、ユメちゃんと冒険できないのは寂しいな」

「大丈夫、シズルの記憶を持った静流とたくさん死球を飛び回るよ。だからね?」


彼女は黙ってうなづいた。


静流遺伝子プールは古い血筋。何千年も前までは私たちはヒト同士でたくさん“殺し合い“をしたらしい。今の私たちから見れば不可解な事だ。


"戦争"と呼ばれたそれの専門家の能力遺伝子が評価されていたのが静流遺伝子プールの特徴だった。そう、つまり過去数千年起こっていない“ヒト同士の殺し合い“それが無くなって久しい事が相対的に静流遺伝子プールの評価を低くした。


となれば結論は言うまでも無い。

なぁに、簡単な事だ。

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