第4話 閑話休題〜クラゲの歳は聞かぬが花〜
「ううむ、美味し〜い!」
私は独り言を言いながら
新作の魚肉ソーセージをもぐもぐ食べる。
ローカルはあまり好まないが
"私たち"の中ではかなりメジャーな食事だ。
手早く口の中にそれを全部放り込んでしまい
慌てて顔を洗う。
昨日は4時間も寝てしまった。
初の死球帰りで疲労がピークだったとはいえ
少し寝過ぎた感がある。
クローゼットを開くと
私はお気に入りのワンピースに着替える。
そして可愛らしい純白の帽子をかぶると
鏡とじーっとにらめっこ。
今日はお兄ちゃんもくるのだから
さすがに可愛い顔チェック。
「ん?」と帽子が傾いているのに気がついた。
訝しがりながら帽子を取ると
私の白い髪に大きな花が咲いていた。
「え〜?!今日咲く〜?!」
困惑したが仕方ない。
今日はこのピンクの花と共に行くとしよう。
私は自分の部屋のパスキーだけもつと白いドアを開いて部屋を飛び出した。とは言うもののまだ余裕のある時間だ。私は外で何人ものヒトとすれ違いながらゆっくりと街を歩いていく。
いくつかエレベータを経由して下層ブロックにたどり着く。そこからさらに歩きに入る。工業プラントの中枢から機密ロックを数度通り抜け、アルテマキナの培養槽にやっと到着した。
白い部屋には明るい天井灯の光が満ちており心地よい。たくさんの人が右や左やと行き来して小さな画面を交互に見比べていた。
その向かいで巨大な一面のガラス張りの空間の中には赤い液体が満たされており、さらにその中に黒くうっすらと巨大な人影が見える。
「お〜新しい聖マキナ!これが新型か〜!」
私は思わず呑気な声を上げる。
「昨日のエレトの探索で新しいコアを引き上げられたのよ」
シラバミ・セカイが書類を読みながらこちらに歩いてくる。昨日引き揚げたコアから7割型培養が終わっていたところを見ると働き詰めでご苦労な事だ。
「お疲れ様です、セカイ。これが新しい私のアルテマキナになるの?」
白喰はクスリと笑う
「気がはやるのはわかるけど、まだ操者は決まってないわ」
「なんだ〜」
私は頬を膨らませる。
そしてもっとアルテマキナを見ようとおでこをガラスにくっつけた。ガラスに映った私を見てか、白喰セカイが声をかける。
「あら、そういえば花が咲いてるのね。とても綺麗よ。蓮の花みたいで」
「ちょっとやめてよ、恥ずかしいから〜!ん?蓮ってなに?」
私は顔を赤らめながら話を逸らしたくて聞いた。
"私たち"はだいたい4000時間くらいの周期で髪に花が咲く。人によって色が違う。
花は遺伝子構造体の塊なので有性生殖で子孫を残すのに都合が良く、亜系の遺伝子プールを作るのに重宝する反面、必要のない時にこうして咲くとちょっと気恥ずかしい気持ちになるのだ。
「赤くなっちゃって。心配しなくて良いわよ。恋をしてると咲くなんてのは迷信だって証明されてるわ」
セカイはまた笑った。
「蓮っていうのは水の上に咲く花よ。植物なの」
「ふーん。頭じゃなくて水に咲くの?!」
「そうよ。古い文献ではそうあるわ。たぶん絶滅してるとは思うんだけど、探せばどこかに遺伝子サンプルくらいはあるかもしれないわね」
「花ってよくわからないね」
「古い文献だとお店でたくさん売られてたりもするらしいわよ?」
それを聞いて私は驚きに目を丸くする。
「ひぇ〜なんて事するのよ。ローカルパッケージこわっ!」
「あはは。まぁ、もう何万年も前の話だと思うわ」
疲れながらも微笑んで受け答えをしてくれる、そんな白喰セカイもまたローカルパッケージだ。
ローカルパッケージとは私たちみたいに刺胞体の性質を取り込む前の人類の事で何万年も前から姿をほとんど変えずに生きてきたらしい。
私たちが有性生殖と無性生殖を使い分けるのに対して有性生殖しかできず、さらに群体としての記憶や感情の共有をある程度コントロールできる我々と違って相手を"感じる"事も出来ずコミュニケーションのほぼ全てを言葉に頼るしかない。
今、人口のほとんどは私達のような刺胞体クローンがメインでローカルパッケージは1000人に1人ほどの割合。申し訳ないが私から見れば正直に言って明らかに劣っている生物だ。
とは言うものの私達も別に暇ではないから特に差別も迫害もしてこなかった。純粋に彼らが数を減らして行ったのは残酷だがその繁殖能力の低さが原因だ。私たちも私たちで合理主義。絶え行く種族を保護する理由もない。
「私から見たらあなた達の方が不思議よ。なんで文字を読んだり書いたりすることに興味が持てないのかしらこんな知識、本を読めばどこにでも書いてあるわよ」
「たぶん、大体の事は"私たち”はなんとなく理解してしまっているからよ。興味が持てなくなってしまうのかも」
「本当お婆ちゃんなんだか子どもなんだか」
白喰は手に持ったカップから温かい飲み物を飲む。
私は飲めない黒い奴だ。
「あら、"クラゲの歳は聞かぬが花"ってあなた達のコトワザなんでしょ?」
白喰はそれを聞いて飲みかけのコーヒーを吹き出す。
「ちょっと、それローカルの中でも口の悪い人たちのスラングなんだから。どこで覚えてきたのよ?まったく」
今度は私が笑う番だ。
「知ってるわよ〜?ローカルの人たちが私達のことクラゲって呼んでる事くらい」
正確には私達の身体に強く出ている性質はヒドロ虫だが総じてクラゲと呼ばない事もない。私はこのクラゲって呼び方は意外と気に入っている。
「まぁしかし、歳は聞かぬが花とはよく言ったものね」
セカイは床を拭きながら、前屈みになって流れた髪を直す。私たちクラゲとは違う細い毛の集合体。サラサラして少し憧れてしまう。
「私の歳を聞く気になったのかしら?」
「いえ、ここは先人に倣ってやめておくわ」
私たちクラゲは基本的に歳を取らない。
寿命で死ぬ事はない。
しかも不慮の事故で命を落としても
記憶の一部は群体に引き継がれるし、
純度の高い遺伝子プールから生まれていれば
同じ"親"から全く同じ個体を再生する事が可能だ。
ここにいるローカルの少女とは何一つ違う。
しかし逆に私たちからすれば
彼女こそが脅威なのだ。
ローカルでありながらたったの22年で
聖マキナのマスターとなり
最強のアルテマキナ使いと
呼ばれるまでになったこの女性。
"白喰セカイに気を付けろ"とは
最近私達の中でよく囁かれる合言葉だ。
この新型アルテマキナも正直な前情報では
白喰セカイのものになるという説が濃厚だ。
私はもう一度、生まれたてのアルテマキナを見た。
目を見ようとしたが目を合わせてくれない。
「ふうん。そのうち振り向かせてあげましょう」
私は1人呟いた。
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