第3話 地獄へようこそ(後編)
この世には開いてはならないものがある。
知らない方が良い事
でも一度知ってしまったらそれはもう戻れない。
先遣調査隊第1892団の手によって
星層9区で発見された巨大なドーム状のそれは
当初全く開く方法ががわからず
内部に入れないまま
他の多くの建造物と一緒に
実に2800年の間放置されていた。
区画整備の手が
そこまで届いたのはつい2000年前。
その頃には深層は掘り尽くされ
青空のもとにその異様な巨大施設は
私たちの前に異様を現した。
同時に9区の下には光を全く反射しない
真に黒い物質、
今では“地殻”と呼ばれるようになった
それが鎮座してそれ以上の深堀を
拒んでいることが判明し
この大地の地殻ループは
惑星9個分で閉じている事が
学説通り証明された。
そのドームが開くまでには
さらに700年の時が必要だった。
今思えばそれは地獄の蓋が開く前。
私たちの最後の黄昏の時である。
※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※
空気の破裂する音と共に投鋲器から射出された
アンチエーテルマター性の鋲が着弾する。
化学物質の膨張変化で推進されたそれは
狙いあやまたず超音速で
敵性の“飛煌体“に深々と突き刺さる。
この死球の赤い空を跋扈する飛煌体。
それはかつては"抗体"という呼び方を
する者もいたが
今ではその呼び方は禁止されている。
そうだとも。
私たちが世界から排除されようとしている
なんて敗北主義が認められるわけがない。
私は次弾を装填する。
「セカイ、ヤマリの反応はこの先です?」
「そうね。こちらが捉えた座標はそこよ。その抗体群の向こう側に彼女のアルテマキナがある」
私は眼前の敵を足で踏み砕きながら
迫りくる新たな一体に鋲を数発見舞う。
「その言い方、やめてくださいね」
集中してリンクを高めると
私のアルテマキナは虹の光輪を放出し
前方への強力な突進力を得る。
合間を縫うようにして
虫のようなおぞましい身体をすり抜ける。
記録は薄れてしまいあまり詳しいことはわかっていないが、飛煌体は私たちが最初にここに足を踏み入れたときから存在しているらしい。
1000年ほど前には結構まともな研究対象として私たちの注意を引いていたが、その結論も面白いものではなかったらしく、いつしか記憶領域の端の方に断片的なイメージを残すのみとなった。
よくよく見ると脚の数が個体によってバラバラで、さらにその形状もバラバラ。昆虫のようだったり獣のようだったり。目を背けたくなるほどの異形だが我々と同じような肢体を持つ個体も存在する。
共通するものはただ一つ、ヒトの形をしたものに群がると言う一点である。
私はそれらの異形から目を逸らすように前を向いてさらに加速しそれを振り切った。水の流れのように私の虹が尾を引いて赤い空を駆けていく。
「どうやらもう安全みたいね」
やがて私の眼前にも赤い点と四角いサイトが電子的に示された。静流ヤマリの座標だ。
「あなたのリンクを介してヤマリのアルテマキナも解析できたわ。バイタルは正常よ」
「私も感じました。ヤマリも安心してます」
私はさらに機体を加速させる。
私の気配を感じ取ったのか
彼女のアルテマキナが首をもたげた。
「ユメちゃん、良かった無事で!」
ヤマリの機体は腕を伸ばして私のアルテマキナの手を掴む。どうやら大きな機体損傷はないらしい。
私は彼女の手を握り返す。
「少し記憶障害はあったけど私は平気。ヤマリは?」
私は同期に声をかける。
今回のアルテマキナ操者の候補生で純S型の遺伝子プールだったのは私とヤマリの2人だけ。
ヤマリもまた名門の遺伝子プールの出だから
生きているとは薄々感じていた。
「私は座標を乱されただけ。17番機が潰れるのを見たからとっさに擬似死して存在証明を消したんだよ。私のアルテマキナも一回停止した」
私はリンク越しに彼女の顔を見る。
おかっぱ頭の可愛らしいこの子は
大人しい見た目だが咄嗟の判断は一人前だ。
「記憶障害で忘れてるかもだけど、ユメちゃんもやってたよ。私たちより断然早かったから多分座標もそんなに乱されなかったんだと思う。私より遅かった子はおそらく存在自体が否定されてる。消滅した形跡もあるし。早かった子もいたけどプロセスを飛ばしたみたいで、まだ擬似死から抜け出せてないよ」
「そのままだと本当に死んじゃうね。本人はどうして欲しそうだった?」
彼女は大きく首を振った。
「最後に感じたのが一瞬だったからわからないよ。どうするかは白喰さんに聞いてみた方が良いんじゃないかな?言葉で」
私は天を仰いだ。未だに白喰の母艦は頭上の青い円の中央に鎮座している。生命を持たない鉄の塊では高座存在に対抗する術を持たないのだから仕方ない事だ。
「セカイ、回収できる腐マキナは回収した方が良いですよね?」
「そうね。高座存在との接触も17年ぶりよ。確かに欲しいデータではあるけど・・・」
今行けば間に合うかもしれない。
“私たち“は群体だ。
単体が死んでも群体が生きていれば
それは死ではない。
指先が切れてしまったのと何ら変わりはない。
しかし、もし指先が切れずに済むのなら
それに越したことはない。
再生にもコストがかかる。
「セカイ、それらしい座標は観測できませんか?」
「そうね」
しばしの沈黙の後
「無いわ。先程はああ言ったけど、そろそろ聖マキナもそちらに着くわ。あなた達の回収を優先するので後回しにはなるけど、探索は彼に任せた方が無難だと判断します」
「そうですか」
ヤマリは残念そうに呟く。
「まぁ、仕方ありませんね。静流遺伝子プールの亜B型だったのですが。残念です」
私はうなだれる彼女のアルテマキナの肩を持つ。
赤い空に一点。
遠く、とても遠くに光の瞬きが見える。
兄の乗ったアルテマキナ"エレト“が
私たちを迎えにきたのだ。
私たちは時間切れを悟った。
※※※※ ※※※※※※※※
「それで、レコーダーは回収できたんだ?」
白喰セカイは部屋に荷物を持ってきた
黒服の男に語りかけた。
部屋の明かりはついていない。
執務机の上でコンソール画面の灯りだけがともり
白喰セカイはその前で気怠げに紫煙をくゆらす。
目の先には今回の作戦レポートが映されていた。
自分の耳で聞くまで信じられないと、
持って来させたその荷物の中から
レコーダーを拾い上げる。
彼女は震える手それを掴み見る。
「それでこれが例の機密ってわけか」
白い指でレコーダーのスイッチを入れる。雑音まじりの中か細い声が途切れ途切れに聞こえてくる。
『・・・なんで・・・どうしてこんなこと』
操者"シズルレイリ"のか細い
戸惑いの混じった声。
そして最後に名前を一つ告げる。
『塚ノ真・・・ユメ』
セカイは白い指でその装置の停止スイッチを押し、ふぅ、と一息、息をつく。
「真実は常に経済的価値を持たないわ。かつてそれを求めた者はみな、その小さな満足感に見合わない対価を支払ってきた」
そう言って装置を
ダストボックスに落として入れる。
「この件を極秘とします」
「構わないのですか?」
「なぁに」
大きく背もたれにもたれ、上を向いて目を瞑った。
「あの子にはやってもらう事があるわ」
セカイは目を細める。
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