第2話 地獄へようこそ(前編)
暗い世界に星が一つ、二つ。
瞬いて、それに四角い枠が重なる。
これはロックオン。
私は息を深く吸い目を瞑る。
すると途端に世界に音が戻り、
空の赤と瓦礫の屑が舞い散る
この空間が鮮明に浮かび上がる。
脳裏に電子音が帰ってくる。エラーの警告音。
そして構造物が付近にある事と
自動ロックを知らせる音。
「聞こえる、ユメちゃん?!」
インカムに入ってくるノイズ混じりの金切り声。
白喰セカイだ。
視界がにじむ。視力を侵食されているのか。
見渡す限りは赤、赤、赤。
私は指先の感覚を頼りに端末を弾く。
風の音がひどい。いや、違う。
このような高軌道で風の音がするものか。絶え間なく悲鳴を上げるようなこれはなんの音なのだ?
「すみません、状況は?」
私は自分に何が起こったのかを整理する。
そう、これは卒業試験のはずだ。
けたたましい機械の騒ぎ具合を見れば
トラブルが起こったのは明らかだった。
「意識が戻ったのね。よかった。私にはほら"分からない"から・・・」
「状況は?」
涙を拭く上官に呆れながら
私は周囲のデータを取る。
「軌道に乗る直前に一瞬全機の反応がロスト。一瞬すぎて何が起こったのか全く分からないのよ。今当時のデータをエミュレートして解析班ががんばってる」
ここは死球の高軌道上。
何が起こってもおかしくはない。
私は上官からの状況の把握をあきらめ
計器類から何かヒントを得ようとした。
外縁部セクター54をなお落下中。これはまずい。
私は高度を上げようとするが
しかし思ったように機体が動かない。
地底の底から引っ張られているような感覚。
「ニューロリンク接続悪いです。回してください」「残念ながら無理よ。アルテマキナの浸食が進んでいるわ。これ以上ニューロを回すとあなた達がそこから"辿られる"可能性がある」
機体の内側からは分からないが外はもうそんな事態になっていたのか。確かにニューロは回線が太すぎる。
「偽胎接続します。挿入してください」
「それは上官として許可できません」
「私がセグメントだとしても?」
しばしの沈黙。私ははるか上方を見た。
一面の赤の世界の中でぼんやりと浮かぶ青い円形。
あれだけが唯一の入り口にして出口。
それが少しづつ遠ざかっているのがわかる。
その円形の中心に見える小さな鳥のような影。
それが白喰セカイのいる母艦だ。
私は自分の頭を再度回転させる。
「ミーコッド(緊急事態対策マニュアル)cー37で動いてますか?」
「フェイズ3よ」
ならばケーブルは出ているはずだ。
計器では母艦まで540m。ケーブルは74m規格。
それに届くには450m近くも上昇が必要だ。
私は大きくため息をつく。
「少し降下します」
私はあえて私のアルテマキナを降下させていく。
滑るように宙に浮かんだたくさんのガレキの合間を縫うようにして移動した。
ガレキは黒い建物の残骸のような見た目で、
死球に5万年ほど前からある建造物の成れの果てだと研究の年代測定の結果わかっている。
そしてひときわ大きな残骸の裏手で私は周囲の瓦礫の中からそれを見つけた。
やはりか。アルテマキナのカメラ越しに
白喰にもそれを見せてやる。
「見えますか?」
「見えるわ。アレは19番機"アルマロス"ね」
「アレに乗っていたのはローカルパッケージの女性でしたね」
私は小さく舌打ちした。
これだから"ローカル"は使えない。
しかし議会の意向でアルテマキナ操者の1/10はローカルパッケージにする規約になっている。
「そうね。クローン刺胞体じゃないから魂が重かったのかしら」
セカイが口にした学説は私は嫌いだ。
私は内心むっとしたが堪える。
目の前の機体は"裏表が逆”になっていた。
なんらかの高座存在に見つかったためだろう。
「確かに彼女のアルテマキナは卒業試験開始時に一番低く飛んでいましたね。でもそれが死球の自転にひっかかりますか?」
私はマキナの手を使って今は瓦礫と化した
アルマロスの表面から黒いモヤを払う。
下半身に行くほどモヤが濃く、
確かに感覚ではあるが
"何か"につかまれた感じはする。
あるいは、死球そのものか。
「ホームには聖マキナの出動をお願いしたわ。到着までに生存者を探しましょう。ローカルではない他の四人は助かっているかもしれないわ。あなたみたいに」
「期待しない方が良いですよ。私は特別ですから」
私は宙に浮いた残骸の海を蹴るようにして移動した。上方向には移動できないが下と横には動ける。これが死球の引力か。
機体との神経接続を強めればアルテマキナ本来の機動が可能だが、今私はアルテマキナを生贄として直下の死球に捧げている身だ。
アルテマキナ=塚ノ真ユメという定義が
強くなればなるほど私自身が侵食されてしまう。
やはり腐マキナでは軌道直下300mでの活動が限界。
「そう、やはり聖マキナさえ手に入れば」
私は通信にも拾えないほど小さな声で呟いた。
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