アルテマキナに夢見る王冠クラゲは人類史上いちばんワガママ。

七四季ナコ

第1話 おかえりなさい

赤い巨大な人形ユニット“アルテマキナ”が

雲の合間から光を受けながら悠然と舞い降りる。

白い巨大な塔、灯台と呼ばれるそれに接近する。

背中からは光が絶える事なく虹のように

後方に伸び、光輪を形成する。

私は美しいその光景をテラスから眺めながら

白い帽子を押さえた。風が強い。


「お兄ちゃんが、きた!」


気持ちの高まりに思わず大きな声を出すと、

弾かれたように駆け出す。

白い陶器でできたような廊下を裸足で駆けてゆく。

私の白いワンピースがひらひらと翻る。

明るい空の光が壁一面の窓から差し込み、

磨き込まれた廊下の床は反射して私を映す。

私が息を弾ませながら灯台に到着した頃には、

紅蓮のアルテマキナはすでに着座しており

傍に私の兄"塚ノ真ダイチ“が

上官とブリーフィングを行なっていた。


あぁ、知ってる。

こういう立場になると人って

いちいち口で話してもらわないと

なんだか納得しないんだ。

私は遠目にお兄ちゃんを見ていたが、

先に気がついたのはその上官の女性だった。

ダークグレーのスーツに身を包んだ彼女は

長くて整った黒髪が美しい

しかし強い顔立ち。


「ユメちゃん、来てたのね」


「ご無沙汰していますセカイさん。第七スツールは今大変みたいですね」


私は皮肉を込めてニコリと笑顔を作る。

彼女の白い顔に曇りが現れた。


「第七はね。もう仕方のないところもあるわ」


隠しもせずに忌々しげに吐き捨てる。

暗い響きにわざと気がつかないふりをしながら

私はツカツカと彼女を通り越すと

私の愛しい兄に挨拶をする。


「お兄ちゃん、おかえりなさい。今日も帰ってきてくれてありがとうね!」


私は背の高い兄に抱きつく。

兄は黒と白のパイロットスーツ。


「三層までわざわざ来たのか。その足で?」


筋骨隆々とした兄から見れば

幾分も細い私の足を気遣う。

同じ遺伝子プールであってもダイチは亜B型。

私は純S型。精度もかかっている予算も桁が違う。

純度の高い私は培養の関係で四肢も細い。

これは塚ノ真遺伝子プールの方針でもある。

だがその中で兄は亜属から生まれながら

特に優秀な体格と運動センスをもって生まれた

天然の天才と呼ばれる逸材だった。

逆にこちらの方が塚ノ真の方針からすれば

異端なのだ。

そんな彼は私、塚ノ真ユメの自慢の兄。

私は微笑みながら心配する兄をはぐらかす。


「いいなーアルテマキナ。私も乗りたいなー。免許取っちゃおうかなー。これなら死球に行けるんでしょ?私そういうの好きなのよね〜」


兄は顔をしかめる。


「死球はお前が思うようなものじゃない」


私はさらに目を逸らして伸びをした。


「お兄ちゃんでもできてるんだから、私にもきっとできるわよ。ニューロと竜種課程はいいとして後は戦術理論の科目が4つあるんだっけ?」


そこで上官の白喰セカイが口を出す。


「6つよ。あなた"セグメント"なんでしょ?なんで現場の下働きなんかしたがるのよ」


内心むっとしながら私は膨れっ面を作る。


「だってお兄ちゃんと一緒にいたいんだもーん」


こうなったら聞かないからな。とばかりに兄は大きくため息をつきながらも、セントラル・パークへの大通路を歩きながら諭すように続ける。


「まぁ、我々の中でもユメは特別だからな。やろうと思えばできるんだろうが。ただ免許が取れたとしてもアルテマキナの数は限られてる。聖マキナが6騎、腐マキナでも12騎しかないんだから」


私たちはそんなたわいもないことを喋りながら

純白の機乗ブリッジを後にした。

けたたましい音とともに巨大なドアがロックする。

ロックの音に紛れながら私は呟いた。


「まぁ、それに関しては少し考えがありましてな」


その目線の先には白喰セカイ。

そう、彼女には少し役に立ってもらう。


ドアロックのそのいっとき後、

部屋の壁面から一斉にシャワーが吹き出した。

アルテマキナの洗浄のためだ。

紅蓮の機体は徐々に本来の純白を取り戻していく。

陶器のような透き通るパールホワイト。

赤い液体は部屋の隅へと流れていく。

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