せいかつほご

サマエル3151

第1話せいかつほごは悪いもの?

せいかつほご



                   サマエル




お父さんとお母さんが固まって、ノートを見ている。

「困ったな」

「そうね」


 どちらも顔が青ざめている。


 私、小倉優奈は小学1年生、6歳で2歳になったばかりの弟の聡太を抱っこしている。


 子供でよくわからないことが多いが、しかし、側から見て、これがとてつもなく悪いと言うのはわかる。


 わ、わーん!わーん!

 両親のあまりにただならぬ様子に聡太が泣き出した。私を聡太をあやす。お母さんもきた。


「お父さん!」

「何?」

 お父さんは今にも倒れそうな表情をして、ソファーに深々(ふかぶか)と体を沈み込ませた。


「大変なの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「なんとかできないの?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「だって、おかしいじゃない。さいきん、お仕事に行ってないんでしょ?なのに、なんでそんなに疲れているの?」


 それにお母さんが私をきっとにらめつけた。

「優菜!」


「何よ!だって困っていなかったら、そんなしんこくな表情することないじゃない!何か、助けてくれる場所はないの?私、よくわからないけど、お父さんお母さんが困っているのはわかっているよ」


 それに二人ともしんこくな表情をしていた。やがて、ポツリと、お父さんがいう。


「こう言う貧窮者(ひんきゅうしゃ)支援している団体があったよな?明日優菜を連れてそこに行ってみるよ」

「お父さん!」

 お母さんは叫びました。でも、お父さんが手で制します。


「生活保護をすぐ受け取るわけじゃない。逆だよ。何かこう言う状況で給付金や、控除(こうじょ)を受け取れるかもしれないだろ?だから、それを確かめるんだよ」

 お母さんの顔は青ざめたままだった。


「そう、それならいいけど」

 お父さんがお母さんのそばに行く。


「何も助けがない時は・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「生活保護、受給していいよな?」

 お母さんはガバッと顔を上げる。


「ダメ!それは絶対ダメ!」

「でも、もう貯金もそんなにないし、何より子供達が怖がっている。僕たちの不安を最も感じているのは子供達だ。もう、僕たちの命は僕たちだけのものじゃないんだ。保護を受け取らずに死ぬと言う選択肢も個人としてはあるが、子供達にはなんの責任もない。子供達のためにお金を受け取っていてもいいだろう」


 それにお母さんは沈痛(ちんつう)な表情をした。

「やりくりをしても、そもそもお金がなければどうにもならないし、生活だって立ち行かなくなるだろ?」


「でも、児童手当で・・・・・・・」

「おいおい、バカ言うなよ。ひとり月1万5千円の児童手当で暮らしいけるわけじゃないだろう?それに失業給付金だって無制限でもらえるわけじゃない。後、100日で切れる」

 それにやっぱりお母さんは沈痛な表情をしていました。


「今、コロナで俺たちの職はないわけじゃん。第2波も来るかもしれないと言われている中で、どう考えても生活できない。だから、仕方ないと思うんだよ」

 私と聡太は一心にお父さん達を見ている。お父さん達の話は今の自分たちに直結する話だとなんとなくわかったから。


「わかったわ」

「お母さん」


「でも、できるだけそれ以外の道も探して。なかったらもらってもいい」


「わかった」

 お父さんはお母さんを説得したのに、何か浮かばない表情をしていた。

「優菜」

「ん?」


「明日はお父さんとお出かけだ」

「お出かけ?わーい!明日は街にお出かけだ!」


「はは、でも、外食は無しだからな。昼ごはんはコンビニのパンだ」

「うう、ざんねん」

 その時お母さんから冷たい言葉が飛んできた。

「我慢なさい」




 足をぶらぶらさせていると一人の大人が入ってきた。

「すみませんね。小倉さん。待たせてしまって」


 それにお父さんはペコペコ頭を下げる。

「いえ、こちらこそ」

 私たちがいるのは建物の面談室。何人もの人が面談室に待っていた。私たちはそこで、丸腰掛に座って待っていて、2、3時間ぐらい待っていたんだ。


 私はずっとそこでスマホゲームをしていた。今までやっていたゲームは通信量が、といった関係で出来なかったから、通信がないゲームをしていたんだ。昔のゲームでしょんぼりだったけど、お父さんが好きなゲームでモンスターを育成するゲームで変な奴しかいなかったけど、ウサギとかは可愛くて、お父さんと一緒で楽しんでいる。お父さんは恐竜のやつを育ていたなぁ。


 面談室はスーパーのレジみたいな場所で、みんなずらりと横並びに相談をしている。結構待っていても人がぎゅうぎゅうだった。

「それで、小倉さんはどちらのご用件でこちらにきました?」

 金本という名札が貼られている眼鏡のお兄さんが聞いてくる。それにお父さんはポツポツと喋り出した。


「実は4月にコロナの影響で失職したんです。私も家内も。私はアルバイト、4月になった途端、それまでの仕事が減って、リストラされました。家内もスーパーで、やはり、5月に失職しました。今は失業保険金をもらって暮らしていますが。それでも、もう蓄えがほとんどないんです。いや、こう言うのはわかっています。正規な仕事につかなかった自分が悪いんだと。でも、家内も私も懸命に職探しはしてきましたが、仕事はみつからず。もう30過ぎているわけだし、職場でたまたま見かけた家内と結婚しました。その時は貧しくても幸せな家庭を築こうと思っていたのですが、まさかこう言うことになるとは・・・・・・・・・。正直いって、自分の見通しが甘かったです」


 聞いていて、何がなんだがわからなかったけど、金本のお兄ちゃんはなんかわかったみたいで、ふかぶかとあいずちをしてくる。


「それは、それはさぞかし大変でしょうね」

「はい。大変です」

「それで肝心の給付金ですが」

「はい」


「一応、住居確保給付金の制度があります」

「はい」


「離職した世代に、小倉さんの世帯は四人世帯だから32万受け取れますけど、家賃の納める額は117000円を超えないに限り、受け取り、なおかつ、熱心にハローワークに行くないといけませんがどうします?家賃年間117000円以上払っていますか?」

 お父さんは顔が青ざめた。


「はい」

「なら」

 金本さんはスッと前に屈んで、お父さんにいった。


「言いにくいことなんですが、生活保護を受け取りませんか?そちらの方が楽にすみますし、資産が100万円以内なら受け取ることができますが?」


「してもいいのですか」

 お父さんはギリシャの彫刻みたいな表情をしている。

「ええ、もちろん、失業保険はもらっていますか?」


「はい。でも、後100日で切れるんです。今は6月でしょう?4月に失職したからなかなか」


「なら、切れて、資産が100万下回ったらうちに相談してください。車とか持っていますか?」

「はい」


「そちらは多分処分の対象になると思いますがよろしでしょうか?」

 それにコクコクとお父さんはうなずいた。

「では、それで」

「はい」


 それから、私とお父さんは建物を出た。非常にきゅうくつだったけど、今は風が気持ちいい。

「優菜」

 私がお父さんの方を振り向く。


「ファミレスでジュース飲まないか?お父さんが奢ってやるよ」

「ほんと?」

 お父さんはこくりとうなずいた。最近の青い色ではない、ほんのり赤みのある顔色だった。


「私、あれのみたい!コーラ!」

「はは。だめだだめだ。虫歯にでもなったらどうするんだ?レモネードにしときなさい」

 それに私は頬を膨らます。


「いいじゃん。コーラぐらい」

「だめだ、だめだ。僕たちは金無しなんだから、余計な出費をしては行かないんだ」


「ブゥ」

 また、頬を膨らませたが。私はにっこりした。


「でも、よかった」

「?何が?」


「お父さん。久しぶりに笑顔になったね」

 それにお父さんは白い顔になった。だが、すぐにコクコクうなずいた。

「そうだな。これでよかったんだ」

「?」

 私はお父さんの顔をじっと見た。よくわからない表情をしていた。




「ご馳走様!」

 私は夕食のカレーを平らげた。

「洗い物は私がしておくから」


「ああ、よろしく。よし、優菜。歯磨きするぞ」

 それに私は頬を膨らます。


「ブゥ。もう?」

「はは、じゃああれやるか。『モンスタートレイン』二人で対戦しよう」


「うん♡」

 私はウサギを使った。お父さんは恐竜だった。ステはそこまで高くない。


「おりゃ」

 開始早々飛び蹴りをくらわす。しかし、お父さんの恐竜が避ける。


「はは」

「こなくそー」

 次にパンチの連打何発か当たる。


「それ」

 恐竜が噛みつく。しかし、ウサギがそれをかわす。


「ふー、危なかった」

 はっはっは。

お父さんが笑った。

それから、何回か攻撃したが、致命傷を与えられず、判定に縺れ込む。判定ではこっちの勝ちだった。


「やった!」

 思わずガッツポーズが出る。


「もう、いいか?なら、歯磨きをしよう」

 頬を膨らます。


「もう、水を刺さないでよ。勝利のよいんにひたっているのにさ」

 それにお母さんも笑い出した。

 それに私はブスッとする。

「もう」

「はは、悪かった、悪かった。謝るから、歯磨きしよう。な?」

 ブスッとしていた私だが、それにコクリとうなずいた。


「うん。わかった」

 それから、私は歯磨きをして、テレビを見て。お父さんに絵本を読んでもらった。

「あるところに、エライ王様がいました。その王様はなんでも持っていました・・・・・」


 聡太も一緒だ。聡太は横になってすやすや眠っている。わたしはお父さんの絵本に釘付けだった。

「よかった」

 唐突に私は行った。お父さんはギョッとする。


「何が?」

「みんな明るくなって。これもせいかつほごのおかげだね」

「それにお父さんは私の首に腕を回して抱きしめた。


「そうだな。優菜の言う通りだよ。生活保護のおかげだ」

「うん」




 今日は授業参観日。授業の内容は家族の作文。

 私はもう、作文を書いてきたので、あとはそれを発表するだけ。そして、その授業がやってきた。


 担任のちょっと小太りの中年の女性岡村先生が言う。

「さーて、みんな、作文やってきたかな?」


 はーい、と言う元気の良い声が聞こえる。もちろん私もいった。

 後ろにはお母さんがいるし、知らない大人たちがたくさんいた。


「さて、誰から、行ってもらいましょうか?」

 それに迷わず私は手をあげる。

「はい。小倉さん」


「はい。テーマは家族の幸せです。私のお父さんは不規則です。朝、出かけたと思ったら、昼出かけることもあるし、仕事はしていません。お母さんも出かけることもありますが、聡太の面倒を見ることが多いです。でも、私たち家族は幸せです。せいかつほごを受けてからみんな仲良しで笑顔が絶えません。私は私の家族が大好きです」

 周りの同級生たちは普通だったが、先生と後ろの大人たちがなんか様子が違った。なんか、ざわざわしている。


「優菜!」

 お母さんがやってきて、私の頬をビンタした。私はなんのことかわからなかった。


「なんで?なんで怒るの?お母さん?だってせいかつほご受けてからお母さん笑顔が戻ったよ?なんで怒るの?」

「いいから来なさい!」

 そのまますごい圧力で私を立ち上がらそうとしているお母さんだったが、私の頭は疑問符でいっぱいだった。


「なんで、ひっぱるの?まだ、授業中だよ?」

 そしたらお母さんはあっきのぎょうそうで言った。


「いいから!」

「まあまあ、お母さん。娘さんの言っていることだし、今は授業中ですよ。勝手に引っ張ってはダメです」

「そうですよ。子供に暴力はいけません」


 そう言ったのは健太のお父さんで、優しそうな顔をした人だった。

 お母さんはうろたえた。狼を前にした子ウサギのように、本当に哀れみを覚えるほどうろたえていた。


「す、すみません・・・・・・・・・」

 そして、なぜかはわからないけど謝っていた。

「では後ろの列にお並びください」

 岡村先生がニコッとして行ってくる。


「優菜ちゃん、腕痛くない?」

「うん。大丈夫」


「でも、念のために保健室に行っておきましょうか?保健委員の柏木さん」

「はい」

 若葉ちゃんがたった。


「優菜ちゃんを保健室に連れて行ってね」

「はい」

 私は若葉ちゃんと一緒に教室から出た。若葉ちゃんはおかっぱの私の友達だ。

 彼女が興味津々に聞いてくる。


「なんで、優菜ちゃんのお母さんは怒っていたの?」

「わかんない」

「せいかつほごって何?」


「なんかね、よく知らないけど、生活が困った家庭に配られるお金だと思う。うち、それもらう前にはギスギスしていたけど、それもらったら明るくなったんだよ」


「ふーん」

 若葉ちゃんが首を傾げた。

「いいものなら喜んでもいのに、怒るなんて不思議だね」

「うん。不思議」




 家に帰ってからもお母さんはプンプン怒っていた。私に辛く当たってきた。

 それが非常に嫌だったし、なんでそんなに怒るのだろう?と不思議でしょうがなかった。

 お父さんも、せいかつほごのことを口外しないように言っていた。

 なんで、こんないいものを人に言ってはいけないのかさっぱりわからなかったが、私はうなずくしかなかった。


 


 お尻から衝撃を浴びて倒れ込む。蹴ったのは健太だ。


「やい、貧乏人」

 そう言ってそこ維持の悪い笑みを健太はした。

 こいつのお父さんは優しそうだったが、こいつは嫌いだ。いつも女子をいじめてくる。

私はキッとにらみ返して立ち上がる。


「何よ!なんで貧乏がいけないの!だって仕方ないじゃない!」

「うるせい!」

今度はグーで殴ってきた。


「お前らビンボーなのがいけないんだ。だって、ビンボーはみすぼらしいからな」

「えへへ、そうですよ。健太さん」


「あなたたち!」

 若葉ちゃんがきた。


「一人の女の子をいじめて、そっちの方がみすぼらしくないの?とてもダサいよ、そう言うの」

「そうだ、そうだ!」


 他の女子たちも私の味方をしてくれた。

 健太は舌打ちして、その場から離れた。若葉ちゃんが寄ってくる。


「大丈夫?」

「うん。なんとか」


「保健室、行く?」

 そっと頬に若葉ちゃんのハンカチが当てられる。多分血が出ていたんだ。


「バイキンが入ったらダメだから一緒に行こう」

「わかった」

 それから、二人して保健室に行った。


「ねえ、若葉ちゃん」

「何?」


「ビンボーなのはいけないことなの?せいかつほごは悪いものなの?」

 若葉ちゃんは首を横に振った。

「わかんない」




 9月。私とお父さんは福祉事務所に来ていた。せいかつほごを受け取るためだ。

 私たち以外にも大勢人がいた。見た感じなんとなくみんなもせいかつほごを受け取るようだ。


「うー、退屈―」

 待合室でブラブラと足をぶらつかせていると、お父さんが頭を撫でてくれた。

「頑張って、もう直ぐだから」

「うん」

 お父さんの優しい瞳が私は好きだった。お父さんはいつでも私の味方だ。

「あのね、お父さん・・・・あ」

「ん?」

 お父さんが振り向いた。

「・・・・あのね、お父さん。おトイレ行ってもいい?」

「一緒に行こうか?」

「いや・・・・・」

 その時放送がまた聞こえた。

「やべ、僕の番だ。一人で行けるか?」

「うん」

 ねがったりかなったり。私はお父さんが受け取る場所とは横での全くの正反対の場所に行った。


 そこには健太のおじさんがいた。

 こそっと、そばに行って聞き耳を立てる。

 おじさんはペコペコしていた。


 意地の悪そうな眼鏡をかけたおじさんが言う。

「土志田さん。いい加減にしてくださいよ。あんた、何年もらっていると思うんですか?一年ですよ、一年。死ぬ気で仕事を探せば働き口も見つけられるでしょう」


「すみません、すみません」


「ほんとしっかりしろよ。ほら、今月の生活保護費。受け取ったら一生懸命働き口を見つけるんだな」


「すみません。本当にすみません」

 おじさんが振り返ったので、私は急いで隠れて待合室に向かった。

 大人の反応から、生活保護は悪いものだとは思っていたけれど、あそこまで毛嫌いされるのがよくわからなかった。

 だって、ないと生活できないじゃん。それなのにそんなにもらう人を邪険にするのがわからない。

 待合室で待っているとお父さんがやってきた。


「さ、優菜。行こうか」

「うん」

 夕暮れの街。私たちは電車に乗って帰宅中お父さんに質問した。


「ねえ。なんで生活保護を受け取るのは悪いことなの?お金ないと暮らしていけないじゃん。なんで?」

 お父さんは困ったように笑った。


「お父さんが若い頃には」

「うん」


「普通に生きていたら仕事があったんだ。だから、働けない人は怠け者だとレッテルが張られたんだ」


「ふーん。でも、今は違うんでしょ?コロナがあるんでしょ?なら、なんでもらってはダメなの?」


「人はなかなか自分自身の考えを変えられないものなんだよ。特に自分の若い頃になじんだ考え方には。みんな、若い頃の考え方で生きているから、時代が変化しても、なかなか自分の若い頃の考えを捨てれないのさ」


「ふーん」

 なんか、よくわかったような、わからないようなだった。

 ふと、健太は自分の家族はせいかつほごを受け取っているのを知っているのか気になった。

 知っているよね?だって、1年受け取っていたと言っていたもん。

 秋の夕日はなんだか儚げだった。



                         終わり

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