第16話 胸の大きな男前

 突如、乱入してきた女性には、殴られたし不愉快な想いをさせられた。しかし、これは、不幸中の幸いとでも呼ぶべきか、多少の感謝の念が生まれている。

 星矢さんと仲良くしたいと思っていたからだ。

 誰とでも分け隔てなく接している星矢さんではあるが、あまりにも完成された容姿に気後れしてしまう。これまでも、星矢さんとは何度かマーブルで会い、話しをしている。

 しかし、それはミッチャンママの息子という七光りのお陰だと感じていた。

星矢さんは、『俺の財力を舐めるな』と豪語する通り、いくつかの企業を経営する実業家だ。マーブル立ち上げにも、資金面で尽力してくれたそうだ。父さんが、ネットでコミュニケーションを取っていた一人で、付き合いは長い。クラウドファンディングで企画を立ち上げた際、星矢さんから連絡を受けこう言われたそうだ。

「俺専用のリターンを用意してくれ。百万出す」

 男前な発言に驚いたけど、その後の父さんの言葉に疑問が浮かんだ。

「星矢君じゃなかったら、絶対に受け取らなかった」

 大金を出資してくれるなら、誰であろうと喜んで受け取りそうなものだ。夢を叶える為に、お金が必要だったのだから。僕達家族に、金銭的な迷惑をかけたくないという想いもあったろうに。折角の機会なので、あの日の疑問を星矢さんにぶつけてみた。

「ああ、それは、俺とミッチャンに信頼関係があったからだ。どうしても、支援を独占してしまうと、忖度が生まれてしまうからな。このマーブルは、ママ達の夢であると同時に、こんな空間を切望する奴等の夢でもあった。一人の金持ちが、私物化して良いものじゃねえよ」

 星矢さんは、生ビールを一気に飲み干し、浅岡君を挑発した。追加で運ばれてきた生ビールを勢いよく飲む。星矢さんの喉仏が、機械的な規則正しい上下運動をしている。

「それにしても懐かしいな。あの時は、正直悩んだんだよ」

「そうですよね。百万円って、大金ですもんね」

 いくら成功している経営者でも、大金は大金だ。星矢さんにも苦悩は、あったのだろう。

「いや、そうじゃねえよ。金を出すのは、決めていたんだ。ただ、出すタイミングをな。流石の俺も、自分で決断できなくて、ミッチャンに相談したりしてな。この俺が、人に相談したのは、後にも先にもあの時が初めてだ。人様の夢がかかっている勝負だったから、柄にもなくビビっちまった」

「タイミングって、どういう事ですか?」

「先に出すか、後に出すかだな。先に百万支援して、それが呼び水になってくれたら良いんだけど、逆に支援を考えてる奴等が気後れしたり、引いてしまったりしてしまわないか心配だった。それに、オープン後の事を考えたら、大金を出した奴にでかい顔されてもつまらないだろ? それなら止めると考える奴がいても可笑しくない。それに後に出すパターンは、足りない分を補足するって感じで考えていた。それならそれで、非常にまずいから、流れを作る方にかけてみたんだ」

「そうなんですね。でも、後出しだと何がまずかったんですか? 足りない分を星矢さんが補填して、成功なんじゃないんですか?」

 僕が身を乗り出すと、星矢さんも顔を寄せてきた。そして、唇を突き出し、チュッと音を出す。僕は反射的に後方へと逃げ、星矢さんは手を叩いて爆笑している。もう、真面目な話をしているのに。でも、きっと、星矢さんの照れ隠しなんだと感じた。

「まあ、金銭的にはな。ただ、スナック経営は、ファンビジネスの要素が強いから、例えば・・・そうだな、百万円を一人に支援してもらうより、百人から一万円ずつ支援してもらった方が良いんだ。その方が、開店後、多くの人が応援してくれるだろ? ま、そんな心配が無駄だったくらいに支援者が集まったから、余計なお世話だったけどな」

 星矢さんは自虐的、かつ嬉しそうに笑った。そして、星矢さんは腕を伸ばして、僕の頭を撫でた。

「実際、ミッチャンはスゲーよ。もちろん、小百合ちゃんもジェシカちゃんも。俺は、あの人達の一ファンだ。夢の続きをいつまでも、見ていたいと思うよ」

 素直に、ただ単純に嬉しかった。酒の煽りを受けたせいか、少し泣きそうになった。

 星矢さんは、父さん達が夢を叶える為に、奮闘してきた姿を見てきた人だ。僕は、その姿を知らない。

 容姿端麗、スタイル抜群で、見た目女性。しかし、その実、豪快で仲間想いのお金持ち、酒と煙草と女性を愛する中身男前。浅岡君に『惚れるなよ』と冗談を言っていたけれど、僕の心が奪われそうで焦っている。女性としてなのか、男性としてなのか、良く分からないけれど、人としてとても魅力的な人だ。

「翔太。俺に惚れると、痛い目見るぜ」

 星矢さんは、見透かしたようにニヤニヤしながら、僕を見つめている。僕は、慌てて誤魔化すようにビールを飲み干し、手を上げ追加を求めた。助けを求めたと言った方が、正しいのかもしれないけど。

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