第17話 その男、上位互換につき

「こーら! 星矢君、何度言ったら分かるの? 秩序は守りなさい」

「ごめーん、ミッチャン! 酔っぱらうと、つい」

 ミッチャンママに叱られた星矢さんが、テヘペロで誤魔化している。キス魔の星矢さんは、酔っぱらうと女性にキスをする。先ほど、僕と浅岡君の眼前で、リョウさんとの濃厚なキスシーンを見せられていた。僕達は、思わず固まってしまった。毎度、星矢さんは違う女性を連れて来店しているが、その度にキス現場を目撃している。キス要員と呼んでしまうと、お連れの女性に失礼だろうが、どういった関係なのか謎だ。

 星矢さんは、『病的な女性好き』を自称している。その女性好きをこじらせ・・・突き詰めた結果、豊胸手術までしている。顔も少し、女性らしく弄っているそうだ。その手術費を聞いて、目ん玉が飛び出しそうになった。僕の年収を上回る額をつぎ込んでいる。

 女性が好き過ぎるあまり、容姿を女性にする整形手術をする人だ。斜め上をいく発想力に、思考回路がバグを起こしそうなので、考えるのはやめにしよう。

 つまり、男性として女性が好きな、容姿女性だ。

 もはや、矢剣星矢というセクシャルマイノリティだと認識する事にした。それ故に、ご自慢のご立派なお胸を触られても不快に感じない。むしろ、自慢したいが為に、触らせようとする始末だ。お金かかってますからね。僕が男性から胸を触られても、何も思わないのと同じだ。

 三人のママや、浅岡君のような女装家の上位互換だ。一人一人の個性を、一括りにするのは、野暮だろう。それぞれ、趣味趣向は、微妙な差異があって然るべくだ。

「悪い。ちょっと、小便」

 星矢さんは、席を立ち、トイレへと向かった。星矢さんが、立小便をする姿は、違和感しかない。僕は、隣に視線を向けた。浅岡君は、スレンダー美女のリョウさんに、女性としてのアドバイスを真剣に聞いていた。流行りのファッションやメイク、または浅岡君に合うそれら。僕はあまり興味がなかったが、知らない事ばかりで聞いていて面白かった。

「ところで、リョウさんと星矢さんのご関係って、なんですか?」

 浅岡君が、僕の疑問を代弁してくれた。興味津々であったが、僕には聞く事ができなかった。

「友達だね。それ以上でも、以下でもないよ」

「キスをするのに、友達ですか?」

「キスだけじゃないけどね。君も潔癖君なのかな? よく『男女の友情は成立するのか?』というくだらない論争があるけど、男女なんだから、体の関係を含めての友情でしょ? 勿論、同性でも構わないけど。友情に関して、みんな妙に潔癖なのよね。互いが友達だと認識していたら、友達なのよ。他人が口を挟む余地はないのよ。ちなみに未来君。人間関係で一番大切な事ってなんだと思う?」

 リョウさんは、バーボンのロックのロックの部分を指でクルクル回している。その姿が、あまりにも絵になっていて、思わず画像で残したくなった。浅岡君は首を伸ばし、暫く天井を眺めてから、リョウさんを見た。

「やっぱり、思いやりですかね?」

「そうね。私もそう思う。もっと、解像度を上げると、距離感ね。利害の一致とも置き換えられるけどね。親密度が増すほど、距離が近くなる。分かり易いでしょ? だから私と星矢は、ゼロ距離なの」

 艶っぽく目を細めたリョウさんは、グラスを唇に当てた。キスだけの関係ではないのなら、それはゼロではなくマイナス距離だ。浅岡君は、腕組みをして、少し首を傾けた。

「・・・でも、利害の一致って、なんか嫌ですね。利害関係って、虚しくないですか?」

「そう? でも、それが現実だから仕方ないのよ。人と一緒にいる理由で、楽しい・嬉しい・落ち着く・幸せ、これらの感情を互いが感じているからこそ、成り立っていると思うの。どちらか片方だけだと、それは搾取だからね。利害って言葉に嫌悪的な反応をしているだけだと思うけど?」

 確かに、リョウさんが言うように、利害関係という表現は、なんだか体温を感じない。利益、つまりメリットだ。『友達といるのは、メリットがあるからです』というと、利用しているみたいに感じて、気が引ける。だけど、その言葉を否定したからと言って、『では、どうして一緒にいるのか?』と問われ、その答えを説明すると、それはメリットに他ならない。互いを互いにメリットを感じているのならば、それは利害の一致である。浅岡君は、どうにも腑に落ちないようで、首を傾けたまま固まってしまっている。

「未来君。勘違いしないでね。あくまでも、私個人の価値観だから。それに、距離感で大切な事はね」

 リョウさんは、グラスを持ち上げて、浅岡君の前に差し出した。

「相手に押し付けたり、求めたりしない事」

 ニコリとほほ笑んだリョウさんのグラスに、浅岡君はジョッキを合わせた。

 美しい笑みを浮かべていたリョウさんであったが、急激に顔色を曇らせて、溜息を吐いた。バーボンを一気に空け、勢いよくテーブルにグラスを置いた。リョウさんに見つめられ、ドキッとした。

「だからこそ、君を殴った女が許せないのよ。あの女は、距離感を間違えている」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る