第15話 巨乳のお姉さんに、また鼻血が出そうだ
左頬がズキズキして、熱を帯び腫れてきているのが分かった。ビニール袋に氷を入れて、冷ましている。僕の顔面をぶん殴った女性は、散々暴言を吐いて逃げるように店を出ていった。ソファの隅っこで仰向けになっていると、店のあちこちから飛んでいた憤怒の声が、スッと小さくなった。新しいお客さんが入ってきたようであった。暫くすると、コツコツとヒールが床を叩く音が近づいてきた。
「翔太、大丈夫か? 話は聞いたよ」
声の方に顔を向けると、目の前にははち切れそうなほど巨大な胸の谷間が、途轍もない存在感を発揮していた。目のやり場に困り、上体を起こして座った。
「あ、星矢さん。ありがとうございます。大丈夫です」
この方が、マーブルの常連ナンバーワン美女の星矢さんだ。長い金色の髪、色白の肌、くびれたウエスト、特大な胸、そして美しく整った顔。どこからどう見ても女性だ・・・が、残念ながら、男性だ。
「悪い、翔太。俺のせいだ」
「どういう事ですか?」
「お前をぶん殴った女。たぶん、俺のホスト時代の客だ。ほんと、すまん。お詫びに、この胸好きなだけ揉んでいいぜ」
星矢さんは、両手で自分の胸を揉んで、眉を下げている。
「け、結構ですよ!」
「遠慮すんなって、ほれ、ほれ、ほれ」
「星矢さんが揉まれたいだけでしょ?」
「当たり前じゃねえか! この胸にいったいいくらかかったと思ってんだよ。もっと、物欲しそうに見つめてくれよ」
星矢さんのいつもの悪ふざけだ。大きな胸を、僕の顔に押し付けてくる。全力で抗えない自分が、もどかしい。
「でも、悪いと思っているのは、本当だ。翔太、今日は一緒に飲もうぜ。おごらせてくれ」
「あ、それじゃあ、僕の後輩も紹介させて下さい」
僕は、浅岡君を手招きした。ミッチャンママの許可を得て、そのままソファの席を使わせてもらった。星矢さんのご厚意で、僕と浅岡君がソファに座らせてもらい、星矢さんとお連れの女性がテーブルの反対側に腰かけた。お連れの女性もモデルのようなスレンダー美女で、リョウさんと仰るそうだ。二人の美女とイケメンに囲まれて、非常に居心地が悪い。俯瞰で見ると、確実に僕だけが浮いているだろう。星矢さんと以前ここで会った時は、別の女性を連れていた。アイドルのように可愛らしい、背の低い女性だった。
「宜しくな、ミク。俺は星矢ってんだ。嫌な想いさせちまって、悪かったな」
星矢さんが手を差し伸べると、浅岡君は顔と左手をブンブン振って、恐縮しながら手を握った。
「・・・星矢さんは・・・女性、ですよね?」
「お! 嬉しい事言ってくれるね。でも男だ。惚れるなよ。俺は、病的な女好きだ」
星矢さんは、大口を開けて豪快に笑い、生ビールを四つ注文した。僕の持論だけど、大口を開けて笑っても美人な人は、本物の美人だ。浅岡君の疑問は、ごもっともだ。星矢さんは、どこをどう見ても切り取っても、女性そのものだ。いや、下半身は工事していないそうなので、切り取り方を工夫すれば男性の証拠はある。まあ、喉仏もあるんだけど。名前と声と口調は、男性だ。だからこそ、混乱を招くのだ。矢剣星矢という名前は、ホスト時代の源氏名らしい。
「今日は俺のおごりだ。ジャンジャン飲んでくれ」
「大丈夫ですか? 星矢さん? 彼は、とんでもない酒豪ですよ?」
僕は浅岡君の肩に触れて笑みを浮かべると、星矢さんは不敵な笑みを見せた。
「俺の財力を舐めんじゃねえぞ。お前らが潰れるか、俺が破産するか勝負だ」
ミッチャンママが、ビールを運んでくれて、僕達四人はグラスをぶつけた。グイッと一口飲んで、グラスをテーブルに置いた瞬間、星矢さんに腕を掴まれた。
「隙あり!」
星矢さんは、僕の手を引いて、自身の胸元へと僕の手を滑り込ませた。手の平に柔らかな温もりを感じた。
「な! 何やってんですか!? 油断も隙もない!」
「ハッハッハッ! 柔らかくて気持ち良いだろ? 俺も気持ち良い! お互いハッピーじゃねえか! これで水に流してくれ」
星矢さんは、どうしても胸を触らせたいようだ。迷惑なフリをするこっちの身にもなって欲しいものだ。星矢さんも僕が嫌がる事を見越してやっている。このプロレスに乗っかっている。
鼻の奥がムズムズするのは、内緒だ。漫画のように鼻血を飛ばせば、それはそれで星矢さんは楽しんでくれるだろうけど。そう都合良くはいかない。
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