第12話 後輩の悩みは尽きない
「小百合ママにアドバイスを頂いて、僕なりに考えてみたんです」
マーブルへやってきて、三時間ほどが経過していた。案の定と言うべきか、浅岡君は生ビールばかりをひたすら飲み続けている。だが、酔っぱらっている様子がまるでない。僕はと言うと、昨日の事で学習している為、浅岡君に付き合う事はせず、マイペースに飲んでいる。早々にビールを切り上げ、時折冷水を挟む。そのお陰で、冷静に会話ができている。
週末という事もあり、スナックは繁盛している。まさに稼ぎ時といった感じだ。接客やら、注文に追われている為、ママさん達は忙しそうだ。先ほどアルバイトのバンプちゃんと浅岡君が、始めましての挨拶を交わしていた。バンプちゃんは、縦にも横にも大きい巨漢で、賑やかし担当と言ったところだ。スタッフの中では一番若く、元気がいい。一番若いと言っても、僕よりも年上だ。
「家族にどう告白するかって事?」
「はい。それでやはり一番のネックが、父親だと思いました。昨日、小百合ママは、父親は蚊帳の外で良いと言ってましたが、なかなか厳しいと思いました」
「厳しいっていうのは、お父さんが厳しい人だという事なのかな?」
「それもありますけど、僕の気持ち的にっていうのが、一番の問題です」
ジョッキグラスをテーブルに置いた浅岡君が、溜息のように息を吐いた。
「どう言う事?」
「僕には、もう既に父親に対して、後ろめたさがあるんですよ」
僕は続きを促すように、眉を上げて首を傾けた。浅岡君は空になったジョッキを持ち上げて、左手の人差し指でジョッキを指した。カウンター内にいる小百合ママに、お代わりのジェスチャーをした。賑わっている店内では、声は届かない。
「玉川木工所です」
玉川木工所とは、僕と浅岡君が勤めている会社だ。社員数百五十名の中小企業だ。玉川社長は、三代目の老舗である。会社がどういう事なのだろう。
「僕は、大卒なんです。それで、作業員をやっているから、父親はあまり良い顔をしていないんですよ。折角大学を出たのだから、もっと良い会社に勤めて欲しかったみたいです」
ああ、なるほど、そう言う事か。僕のような営業マンや設計士、品質管理などの内勤者は、大卒が多い。しかし、木材を加工する職人さんに大卒者はいない。現状では、大卒者は浅岡君だけだ。何年か前にはいたけれど、退職してしまった。しかし、旋盤の操作やプログラムを組んだりと、なかなかの頭脳労働だと認識している。その事を理解されていないのかもしれない。浅岡君のお父さんが言う『良い会社』とは、どんな会社の事なのだろう。
「肉体労働を下に見ている感じがありますね。学歴が関係ない、誰にでもできる仕事だと・・・そういった差別的な考えがある人です」
確かに、男は年を重ねるほどに、頭が固くなっていく印象がある。プライドだけが高くなって、己が正しいと思い込んでいる節もある。ミスや無知を受け入れられず、こじらせているオジサンが、俗に老害と呼ばれるのだろう。
父さんのような柔軟性を持ったオジサンは、イレギュラーなのかもしれない。ネットを上手く利用しているし、今若者に絶大な人気を誇っているカリスマモデルの『キョンチ』に憧れていると言っていた。十代の女性モデルが好きな六十代の男性というのも珍しいだろう。
浅岡君のお父さんを説得し理解を求めるのは、困難なのかもしれない。差別的な思考を持った人からしてみたら、もっとも理解から遠い人種なのかもしれない。
「まあ、時間をかけて、外堀を埋めながら、説得するしかないですかね。当たって砕けろでいきますよ」
「家族なんだから、砕ける訳にはいかないと思うけどね。そもそもの話なんだけど、理解してもらう必要ってあるのかな?」
「え? どういう事ですか?」
「いや、家族だからって、全てを把握して理解してないと思うんだけど。例えば、家族の性癖なんか知らないでしょ? 知る必要もないし、知られたくない。むしろ知りたくもない。僕の父さんは女装癖をカミングアウトしたけど、これが幼女趣味だったら、きっと受け入れられなかったと思う」
当然、犯罪行為は許されないけど、思考内なら問題がない。行動に責任が生まれるのであって、頭で考えている分には犯罪ではない。理解できるかは、犯罪の有無であり、個人の価値観だろう。それならば、わざわざ表に出す必要はないような気がする。
自分を分かって欲しい、隠しているのが心苦しいというものは、どちらも自分優位な考え方だ。自分が楽になりたいからだ。この考えに、言われた方の感情は、含まれていない。月並みな考えだが、世の中には知らない方が良い事もあるだろう。
「・・・どうすれば良いのか、分からなくなってきました」
「あ! ごめんね! 結局は、浅岡君がどうしたいかって事だから、僕の事は気にしないで」
余計に混乱させてしまった。他所様の家庭の事に首を突っ込んでも、ろくな事はないだろうから、引き際はしっかり見極めたい。無責任な考え方なのかもしれないけど、そもそも他人の家庭の事情で責任があってたまるか。
僕は一歩身を引いて、聞き役に徹するべきだ。
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