第7話 後輩の告白

 ん? では、どういう意味なのだろう。もっと、根が深い欲求なのかもしれない。確かに、全ての人間の欲求が、二次元で解消されるのであれば、犯罪行為はなくなるだろう。実際に行動に起こしてしまっているのだから、浅岡君の欲望もそちら側なのだろう。罪は罪として、決して許される事ではないけれど、とても悲しいものだ。

「やはり、実物じゃないと、満足できないって事なのかな?」

 恐る恐る尋ねると、タイミング悪く店員さんが、焼酎の水割りと生ビールを運んできてくれた。僕達は、それぞれのグラスに口をつける。店員さんが、退室したのを見計らって、浅岡君の顔を見つめた。

「・・・その通りです。でも、たぶん、竹内さんが考えている事とは、違うと思います。別に女性の下着で、性的に興奮する訳ではないので・・・」

「・・・あっ! そっちかーーー」

 僕は、テーブルにヘッドスライディングするように、突っ伏した。完全に失念してしまっていた。

「そっち?」

 顔を上げると、浅岡君が怪訝な表情を浮かべている。元の位置に戻って、小さく咳払いをした。

「えーと、女性に憧れている方の好きなんでしょ? 女性になりたいっていうか、女装したいというか、そういった欲求じゃないの?」

 浅岡君は、目と口を丸くして、僕を見つめている。まるで彫刻のように、固まって動かない。首を傾げて、浅岡君の顔の前で手を振ると、両手でガッチリと手を掴まれた。

「そうなんです! そうなんですよ! どうして、分かったんですか?」

 どうしてもなにも君と同じ人種が、身内にいるからだよ。浅岡君のテンションが最高潮に達しているようだ。もう僕の頭の中には、父さんの顔しか浮かんでいない。そして、脱衣所で母さんの目を盗んで、下着を拝借している姿が飛び込んできた。浅岡君に摑まれた手を、そっと外す。僕は、手の平を下にして、両手を上下に動かす。

「まあまあ、落ち着いて」

「まさか、竹内さんも・・・」

「あ、ごめん。僕は違うんだ」

 風船がしぼんでいくように、竹内君の顔から熱が抜けていった。その様子だけで、残念でならないと伝わってきた。

「でも、僕みたいな人間が、身近にいたんですね? そうじゃなきゃ、僕の説明でその発想にはなりませんから・・・竹内さんは、その人と今も繋がっていますか?」

「え? ああ、うん。もちろんだよ」

「そうですか・・・その人が羨ましい。僕は、これまでに、二人にカミングアウトした事があるんです。竹内さんで三人目です。学生時代の親友でした。いや、親友だと思っていたのは、僕だけだったんですけど。その二人は、僕を拒絶しました。『キモイ、変態、そんな奴だとは思わなかった、騙された』と罵られました。どんな奴だと思っていたんだか・・・」

 自虐的に笑う浅岡君に、思わず声を失ってしまった。そんな扱いを受けてしまうものなのかと、半信半疑であった。それが世間の反応なのか? 僕が、僕達家族が変わっているのか? 実際、浅岡君が、女性の下着で性的興奮を覚える人ではなく、女性化願望がある人だと聞いて、安心してしまった。

 それなら、なんの問題もない、と。

 そんなにも風当たりは強いのか? そんな誹謗中傷を受けなければならないのだろうか? ただ、男性が女性のようにメイクして、女性用の衣服を着たいというだけで? にわかには信じがたいし、時代錯誤を感じざるを得ない。僕が世間の認識とずれているのだろうか?

 それならば、浅岡君は、途轍もなく勇気を振り絞って、僕に教えてくれたに違いない。怖かっただろう。そんな事も知らずに、僕はなんて事をしてしまったのだろう。

 もしかしたら、父さんや小百合ママやジェシカママも、浅岡君のように、辛い経験をしてきたのかもしれない。だとすると、想像しかできない僕が話を聞いても何も始まらない。僕は、浅岡君の腕を掴んだ。

「浅岡君! 時間まだ大丈夫だよね? 君を連れていきたい場所があるんだ!」

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